音楽や音声をリアルかつナチュラルに再生するさまざまなオーディオ・音声技術を提供するSRS Labs。その搭載製品の多さやシェアの高さにもかかわらず、企業や技術の詳細についてはあまり知られていない。深く、静に浸透するSRS Labsについて紹介しよう。
10年、だそうである。何かというと、SRS Labs(以下SRS)のオーディオプロセッシング技術「SRS WOW」が、Microsoft社のWindows対応PCの Media Player (WMP)に標準採用されてから、もう10年経つのだそうだ。なんと今までに世界中で10億台を超えるWindows対応PCに搭載出荷されているという。
イコライザーでもない、エフェクターでもない、しかしこれをONにするだけでパソコンのスピーカーからリッチなサウンドが流れ出すという不思議なこの機能は、最新のWindows Media Player 12にも搭載され続けている。多くのWindowsユーザーは、SRSの技術を意識することなく、すでに使っているわけだ。
しかしながらこれまでSRSという会社のこと、そしてそのオーディオ・音声テクノロジーのことは、日本の一般消費者にはほとんど紹介されていない。家電用オーディオポストプロセッシング分野において、約60%超(売上高ベース)のシェアを誇る業界No.1企業でありながら、これは奇妙なことである。
今回はSRSのCTO(最高技術責任者) アラン・クレイマー氏にお話を伺う機会を得た。SRSの技術とはそもそも何なのか、また最新テクノロジーとはどういうものなのか、紹介していこう。
――SRSの技術はいつの間にか我々をとりまいているような状況なのですが、そもそも最初の技術というのは、どういったものだったのでしょうか。
クレイマー氏: おそらく1986〜7年のことだったでしょうか、音響技術者であったSRS創始者のアーノルド・クレイマンは、当時ヒューズ・エアクラフトという航空機会社の技術コンサルタントをしていました。軍事用飛行機のPAシステムを開発していたのですが、ある日まったくの個人的な興味から、「スピーカーシステムから流れてくる音が、生音のように聴こえないのはなぜか?」と考えるようになりました。
これは、音響空間が歪曲されているからではないのかという仮定から研究を始め、“そもそも人間の聴覚が、どういうふうに音を聴き取るかを把握しないでシステムを作っているからではないか?”という考えに行き着いたわけです。いわゆる音響心理学の基礎は、20世紀初頭からすでに調査・研究が始まっていましたが、80年代半ばにアーノルド・クレイマンが、これを再発見し、人間の聴覚システムを科学として改めて発展させていったわけです。
この研究の成果として、最初の「SRSシステム」を開発しました。ヒューズ・エアクラフトはそのシステムをいたく気に入り、クレイマンの研究室ごと買い取って事業化し、その後一般用の商業技術として展開するにあたり、1993年に独立してSRS Labs,Inc.を設立にいたりました。
――当時の技術は、当然アナログですよね?
クレイマー氏: アナログです。最初のコンシューマ製品は、ソニーとRCAのテレビに組み込まれた音響システムでした。当時はDSP(Digital Signal Processor)がありませんでしたからね。DPSが広くに使われるようになったのは、1996〜7年頃のことでしょう。
――社名となっているSRSとは、どういう意味なのですか?
クレイマー氏: 『Sound Retrieval System』の略です。Retrievalとは『失われたものを取り戻すこと』といった意味で、これがSRSの基本的なポリシーになっています。つまりリバーブやホールエフェクトといったものを付加するのではなく、原音そのものがもっていた本来聴こえるはずの、失われた音を取り戻すという考え方です。
人工的な要素を加えていないことから、SRSが作り出すサウンドは違和感なく、自然に聴こえるわけです。小さなスピーカーであろうとも、さらに2つのスピーカーであっても、あたかもサラウンドシステムで聴いているように、よりリアルかつ臨場感ある音を実感していただけます。
SRSのテクノロジーは、さまざまな製品の中に深く静かに入り込んでいる。最近の製品でよく目にするのが、「SRS Premium Sound」を搭載したノートPCだ。これはPC内蔵の小型スピーカーであっても、ナチュラルでリッチな低音、奥行き感のあるサラウンド感を実現するための、プリインストール・ソフトウェアである。すでにHP、Dell、ASUSTeKといったメーカーから対応製品がリリースされており、日本でも手に入る。
――SRSの補正技術にはたくさんのパラメータがあると思いますが、それらは製品ごとにチューニングするものなのですか?
クレイマー氏: 我々は優秀なサウンドエンジニアを、世界の支社に配置しています。そこで現地のカスタマーと一緒に、デバイスごとにチューニングしていきます。また実際に使用されるお客様へ常に同じオーディオクオリティをご提供できるよう、製品認定プログラムを導入しています。実際に弊社規定のオーディオ水準に適合しているか最終テストを実施し、それに合格した製品だけにSRSのライセンス技術ロゴを供与しています。
今回のインタビューでは、プリインストールマシンでSRS Premium Soundを体験した。今年6月には新たなPC向けオーディオ補正ソフトウェア「SRS HD Audio Lab」も発表されている。こちらはプリインストールではなく、アフターマーケット用の製品である。30日間の無料トライアル版もあるので、PCで映画を楽しんでいる人、特にノートPCユーザーは、ぜひ試してブッ飛んでみて欲しい。
さらにiPhoneユーザーに向けて、間もなく「iWOW Adaptor for iPod and iPhone」という製品が日本でもリリース予定だという。取材時点では米国で販売が開始されたばかりのこのアクセサリは、iPhoneのDockコネクタに接続する小さなデバイスで、iPhoneの音声出力を劇的に向上させる、まさに「魔法の小さなサウンドボックス」である。
本来、このアダプターは、すっきりした見た目の統一感だけでなく、シームレスに接続できるようiPodおよびiPhone用にデザインされているが、iPhone、iPod TouchをはじめiPadなど32ピンコネクターであれば使用可能だ。
――このiWOW Adaptorは、御社にしては珍しいハードウェア製品ですよね? どうしてこういうものを作ろうと思ったのでしょう?
クレイマー氏: もともとiWOW Adaptorのアイデアは、SRSのコンセプトを説明するデモンストレーションのために、簡単に誰にでも効果が分かるものとして作られたのです。ところがこれを聴かれた多くのお客様が非常に気に入り、ぜひこれが欲しいということになって、製品化することにしました。お客様からのニーズがあれば、もっと広く販売していきたいと考えています。
iWOW Adaptorは、Dockコネクタからのアナログ信号をDSPで処理しています。初期段階では、iPhoneから外部デバイスをコントロールすることが難しかったのですが、今、App Storeより提供しているアプリケーションを利用すれば、いくつかのセッティングが選んでいただけるようになりました。
iWOW Adaptorは専用ソフトウェアでヘッドフォン、スピーカー、車内といったモードが選択できるほか、アドバンスセッティングでは、ワイド・サラウンド、ディープベース、ハイトレブルの3つがON/OFF可能だ。組み合わせるイヤフォンやヘッドフォンのクセに合わせてこれらを調整するといい。例えば高域の伸びに特徴があるバランスド・アーマチュア型イヤフォンと組み合わせる際には、「ディープベース ON、ハイトレブル OFF」にするといった使い方である。
筆者はもう2週間ほどiWOW Adaptorを試用させて貰っているが、もうこれなしでiPhoneから直接音楽を聴く気がしない。特におすすめはiPadとの組み合わせだ。iPhoneに比べてバッテリが長時間もつので、1日中でもSRSサウンドを楽しんでいられる。iPhone/iPad内蔵のEQではどうにもならないとあきらめていた人には要注目のアイテムである。
クレイマー氏が、まだ開発中の技術を見せてくれた。「SRS Circle Cinema 3D」という新しいプロセッシングは、バーチャルサラウンドとは別のアプローチで、自然なサラウンド感を作り出す技術だ。使用したのはかなりチープな2.1chスピーカーで、よくPC用として廉価で売られているタイプのものである。
映画のワンシーンを試聴してみたが、廉価な小型スピーカーとは思えない、ダイナミックで十分な低音、さらには奥行き感のあるサウンドフィールドが現われた。旧来のバーチャルサラウンドでは、どうしても音の位相をいじった感じが気になってしまい、サウンドフィールドに集中できないケースがよくある。しかしSRS Circle Cinema 3Dは、音が拡がった結果、サラウンドと同じような状況になる、という感じだ。前方2chが作るサウンドフィールドの中心が、リスナーの方に移動し、リスナー中心に音が広がっているように聴こえる。
これまでSRSは、非力なオーディオシステムでもリッチな音像体験をもたらす技術として注目を集めてきたが、それの集大成のような技術である。最終的にどのような製品として現われるのかまだ分からないが、映像の3D化とともに求められる3D音響技術として、注目していきたい。
SRSの基本的なポリシーは、エフェクトとして音を加工するのではなく、元々どんな音だったのかを解析し、人がそのように認識するためには、逆算してどう音を出さなければならないのか、その演算をやりましょう、ということである。
原音忠実にこだわるのであれば、すばらしい性能と高価な金額のオーディオシステムをそろえればいいのだが、現代の課題は「多くの機材が薄型化、小型化する中で、どうやってマトモな音を聴かせるか」である。そこに対する答えを持っているのが、SRSというわけである。
テレビ、PC、携帯電話、カーオーディオなどで、皆さんもこれからSRSのロゴを目にすることがあるかもしれない。その時に「失われたものを取り戻す」というSRSの思想に思いをはせてもらえれば幸いである。
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提供:SRS・ラボズ・ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia +D 編集部/掲載内容有効期限:2010年9月30日