MC型カートリッジ作りに人生をかけた男:不定期連載、潮晴男の「音の匠」(3/3 ページ)
デジタルオーディオ時代になって、フォノカートリッジの存在感は薄らいでしまったが、それでも熱心なオーディオファンの期待に応える製品は多い。神田榮治さんが手がける「ミューテック」ブランドのMC型カートリッジもその1つ。ミクロの世界を自在に操る男の半生を追った。
自らの姓を冠したニューモデル「RM-KANDA」
「職人は弟子を一人育てて一人前」とはノウハウを伝承する物づくりの世界で聞かされる言葉だが、神田さんも現在2人のお弟子さんにミューテック・ブランドのカートリッジ作りを伝授中なので、このブランドが消滅することはない。もっともこの世界はそんなに簡単なものでないことは誰しも認めるところだ。蕎麦職人に例えるなら、やはり弟子が打った蕎麦より師匠の打った蕎麦のほうが旨い。素材は全て同じでも作り手の思いや年輪が反映されるのはカートリッジも同じだと思う。熟達の域に到達するのには時間も必要になるが、人生は長さではなく深さであることを考え合せれば、お弟子さんの作品にも興味が湧く。
そしてもう1つ、今回の取材で皆さんに朗報をお届けすることができるのは、ぼくにとっても望外の幸せだった。神田さんは「LM-H」で自らの歴史に新たなる1ページを記したが、この3月、第2章の幕開けとなる新製品を送り出すことになったからだ。このカートリッジのモデル名は自らの姓を取った「RM-KANDA」である。しかも今回はRM=Ring Magnetというこのカートリッジのもっとも象徴的な磁気回路をネーミングに加えていることからも前作以上の自信の一品であることが分かる。
RM-KANDAがLM-Hから大きく変化を遂げた部分はハウジングだ。LM-Hはアルミ材にアルマイト仕上げを施したものだったが、RM-KANDAは、カートリッジで初めて宝飾品などに見られる高硬度のブラックロジウムメッキが採用されている。「ハウジングの表面硬度が高いほど分解能が上がるんです」とは神田さんの言葉だが、こうしたトライアルも立ち上がりに優れたRM-KANDAの特性を最大限に引き出すためである。
基本となる磁気回路はLM-Hと同じだが、このモデルのために新たに設計した専用のコア材を用いてコイルを巻きつけている。インピーダンスが2オームにアップしているのはコア材との最適化を促すとともに出力電圧を0.5mVへ高めて、SNを向上させるためだ。そしてカンチレバーには無垢のボロンを、スタイラスチップにはセミラインコンタクト針を使い最強のモデルに仕上げられている。
神田さんのあくなき探究心と超人的な匠の技が一体となりRM-KANDAは生まれた。彼にとってはまさしく手塩にかけたMCカートリッジの集大成である。幸いなことにこうしたご縁でぼくは最終段階の試作モデルを自宅の試聴室で聴くことができたが、音の純度が極めて高くそれでいてエネルギー感に満ちあふれたサウンドにノックアウトされてしまった。無垢(むく)の音色ながら一音一音に味わいがぎっしりと詰まっている。ぼくのオーディオ人生の中でもこうし体験は初めてのことである。
アナログレコードの再生において、カートリッジで取り零したものは、そのあとにどんなに優れたハードウエアを加えても元に戻ることはない。そうした意味でもカートリッジはレコード再生の要であり、RM-KANDAはその可能性を無限に与えてくれることだろう。神田さんがこれまでオーディオに注ぎ込んできた情熱が完璧なまでにサウンドへと昇華したこのカートリッジを、ぼくもレコード再生の一生の友とすることにした。
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