麻倉怜士がナビゲート 2017年、注目のオーディオはコレだ!(前編)(3/3 ページ)
2017年も国内外のブランドから意欲的なオーディオ製品が次々と登場した。日々さまざまなメーカーや販売代理店に出かけては膨大な数の製品を試聴している麻倉怜士氏が、2回に渡って注目の新作オーディオとその理由を解説する。
オールドスピーカーユーザーに贈る“珠玉の”アンプ 「OCTAVE V16 Single Ended」
麻倉氏:前編の最後に紹介するのはドイツ、OCTAVE Audioの真空管プリメインアンプ「V16 Single Ended」です。名前の通りシングルエンドにこだわった純A級ステレオアンプで、出力は8W/chです。
真空管の音を追求するドイツブランド・OCTAVEの新作「V16 Single Ended」。どんなスピーカーも鳴らすという器用さは持ち合わせず、価格もかなり高価。しかし、オールドスピーカーなどがバッチリハマった時の音の世界は、他には代え難いものがある。樽の個性がストレートに出る、シングルカスクウィスキーのようなこだわりのアンプ
麻倉氏:真空管の話を少ししましょう。私のシアターではRCA「UV-845」管を使ったプッシュプル回路のアンプを使っています。845は元々放送用の球なので、大入力/出力を想定して作られています。プッシュプルはデバイスの効率を上げられる回路方式として、半導体が発明される以前の真空管時代から使われてきました。同じ型の球を2つ使い、プラスマイナスの極性変動を互いに打ち消すように接続しています。その分だけ無駄が省けて、効率が上がるというわけですね。
――これに対して同じ球を完全に並列接続すると“パラシングル回路”となりますね。効率はプッシュプルに譲りますが、オーディオではイタリアのユニゾンリサーチなどが好んでこちらを使っています
麻倉氏:回路設計で見ると重宝されるプッシュプル回路ですが、オーディオ的な観点では極性の変動と同時に真空管のクセや個性も打ち消してしまいます。音のこだわりを求めるならば、やはりシングル。均質化して効率を高めると個性が消えるというのは、スピーカーの多ユニット化など、あらゆるところにいえますね。昔のオーディオはDIATONE(ダイヤトーン)のシングルスピーカー「P610」から始まり、コンクリートホーンで家を造り直すというような極端なところまでいって、最後は1発のP610に戻る…… といった話が格言のように語られていました。
――ウィスキーなども同じですね。密造酒を樽に隠して偶然熟成されたのが始まりで、最初はブレンドなどの概念は全くないシングルカスク(単一の樽出し瓶詰め)のみだった。時代を経て、複数の樽を混ぜて味を整えるようになり(シングルモルト:山崎、余市など)、他所の蒸溜所の原酒も使うようになり(ブレンデッドモルト:竹鶴など)、生産量を増やすためにモルト(大麦原酒)だけでなくグレーン(穀物原酒)を混ぜるようになりました(ブレンデッド:響、ブラックニッカなど)。そうしてウィスキー文化が成熟した現代では、逆にシングルカスクの個性が愛好家の間で珍重されています
麻倉氏:私はシングルカスクが大好きで、余市や仙台のニッカから樽買いしています。60度近いのですが、ものすごく豊潤で個性豊かなボトルがたくさんあります。
そんなことを思うと、オーディオにおける真空管アンプの究極はシングルエンドとなるわけです。V16に使われている球は現代のハイパワーチューブ「KT120」。定盤の「KT-88」を、1本で最大40Wを稼ぎ出すよう現代の技術で改良した、いわば“スーパーKT-88”です。ですがアンプとしての性能は無理をしない設計の4Ω/8W。このため鳴らせるスピーカーは結構絞られます。現代のフラッグシップによく見られるような、大出力を要求する低ノイズの巨大なスピーカーには使えません。
一方でノイズが90dBくらいだった昔のスピーカーは大得意で、機種ごとの個性を存分に発揮して朗々と歌い上げます。試聴したときのスピーカーはタンノイ「Autograph」でした。これがまた素晴らしい! 音の特徴は一言で表すと「透明感」。ですが単にトランスペアレンシーが高いというのではなく、濁りが少なくて音の見渡しが非常に良い、よりピュアな香りがするのが印象的です。
藤田恵美「Smile」を聞くと、冒頭のアコーディオンが鳴らす和音では、ハーモニーを構成する1つ1つの倍音感がすごく純粋です。ボーカルが消え行く余韻の細やかさ、質感の自然さもあります。単に音場の密度が高いだけでなく、清々しい感じがするのです。音の細かなニュアンスが、気持ち良い滑らかさと余裕感で出てくる、そんな音の世界に聞きほれます。
鳴らすのは難しく、決して一般的なアンプとはいえません。しかし、上手くストライクゾーンにハマった時の音の出方は、これまで聞いたことのないような潔癖さ、さわやかさです。お値段は120万円、JBL「Olympus」「Paragon」などが活躍した時代のスピーカーを持つ人のための、“珠玉”の逸品ですね。
――次回はタンノイの“新しい旧モデル”や、パナソニックの“小さな実力派”など、スピーカーとアクセサリーを取り上げます。お楽しみに!
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