交通系ICカードとモバイルの“悩ましい関係”:鈴木淳也のモバイル決済業界地図(2/3 ページ)
日本のSuicaをはじめ、交通系ICカードのモバイル対応が世界中で進んでいる。海外では、旅行者が手持ちのクレジットカードそのまま乗車できる仕組みが、Apple PayやGoogle Payと連携しているケースもある。ただしモバイル対応にはさまざまな課題がある。
少しずつ広がる“オープンループ”の仕組み
各都市でばらばらな交通系ICカードの場合、モバイルへの搭載は個別対応となるが、それとは関係なく共通して使える仕組みが「オープンループ」だ。Apple Payの場合、サポートページに記載された日本と北京、上海を除いた対応サービスは全てTfL同様のオープンループの仕組みを利用している。
米国はシカゴの「Ventra」、ポートランドの「TriMet」、ソルトレイクシティの「Utah Transit Authority(UTA)」、ロシアはモスクワ(地下鉄)、ノボシビルスク、サンクトペテルブルクが該当し、中国でも広州と杭州では銀聯カードに連動したタイプのオープンループとなっている。
UTAのみ実際の乗車サービスの概要を確認できなかったものの、残りの7都市についてはApple Pay利用ガイドの解説ページが用意されており、地域交通のICカードを持たない旅行者であっても、(対応する)クレジットカードまたはデビットカードが登録されたモバイルウォレット搭載のスマートフォンを読み取り機にタッチするだけで乗車できる。
オープンループの試みは、少しずつだが世界各地で広がっている。例えばシンガポールの交通局であるLTA(Land Transport Authority)では2017年3月からMastercardと共同で域内公共交通でのオープンループ導入に向けたトライアルを開始している。
当初は同国の交通系ICカードである「CEPAS」の機能を持たせた専用のMastercardプリペイドでの乗車を可能としていたが、同年9月には半年だった試験期間をさらに延長し、2018年春にはApple PayのようなMastercardを登録したモバイルウォレットでの乗車が可能になっていることを確認している。もう間もなく、他のカードブランドも含めたオープンループ乗車の一般開放が開始されるだろう。
2018年内には米ニューヨーク市でもMTA(Metropolitan Transportation Authority)が運行する公共交通でオープンループが順次導入される計画であり、同地域で長らく利用されていた磁気カード方式のMetroCardを置き換え、モバイルウォレットでの乗車が可能になる。シンガポールやニューヨークは外国を含む域外からの訪問客が多い都市だが、オープンループ導入の効果はこうした場所で特に発揮される。
ニューヨークのMTAでは2018年中にもオープンループの仕組みの導入がスタートする。一部駅では先行してテスト用の機材が導入され、従来の磁気カードからNFCタイプの読み取り機が併設されている(さらにはQR読み取りにも対応している可能性がある)
交通系ICカードを物販で利用するデメリット
ユーザーの視点だと、「せっかくスマートフォンという便利な機械を持ち歩いているんだから、決済から公共交通の利用まで全部1つのデバイスで済ませたい」と思うに違いない。「まず買い物をするときはポイントカードを出してからスマートフォンでタッチ決済し、電車に乗るときには定期券付きの交通系ICカードを出して……」というのでは、とてもモバイル決済の普及は望めない。
実際筆者も面倒なので、日本国内ではおサイフケータイを“かざす”だけで使える店舗ばかりを選ぶようにしている。その点で、交通系ICカードが物販でも使える「マチナカ」の仕組みは非常に便利だ。少なくともモバイルSuicaの残高さえ維持していればいいわけで、これとクレジットカード決済さえ組み合わせれば、ほぼ現金に触れずに生活できる。
このように交通系ICカードのエキナカ、マチナカの活用が広がるにつれ、大型チェーンを中心にこうした電子マネー対応店舗が広がっている。最近ではマクドナルドやモスバーガーといったファストフード店舗が対応を進めたが、POSの刷新とともに利用可能店舗が増え、現金なしでもいろいろなバリエーションの食事を楽しめるようになった。
5月23日に全国10社の連名で発表されたプレスリリースによれば、同月18日に交通系ICカードの1日あたりの利用件数が初めて700万件を突破しており、その伸び率は年々加速しているという。これも利用可能店舗が増えた影響が大きいとみられ、今後さらに利用が増加するだろう。
一方で、駅ビルやデパートのテナントなど、ビル運営会社が入居時の要件として特定の決済手段やポイントカードへの対応を求め、レジカウンターにPOSとは別に複数のクレジット決済端末が並び、「Aという電子マネー決済はBの読み取り機で、CとDの電子マネーではEの読み取り機で決済処理」といった具合に、何個も読み取り機が並ぶ光景をよく見かける。これは貴重なレジカウンターのスペースを占有するだけでなく、店員教育の負担となり、見た目も美しくない。
これは「日本特有の現象」のようにもいわれるが、そんなことはなく、複数の決済手段がある地域では世界中で見かける。例えば、交通系ICカードが物販にも使える台湾、香港、シンガポールでは、コンビニのレジ付近に3つ以上の非接触対応読み取り機が設置されていることも珍しくない。
香港では中国本土からの訪問者が多いため、決済に銀聯カードが利用されることが多いが、MastercardやVisaといった国際ブランドのカードとは処理ネットワークが違うためか、同じ読み取り機ながら事前に「どのブランドのカードを利用するか」を店員に伝えなければいけない。通常、自動判別されることの多いクレジットカードだが、こうした手間は取り扱う決済手段が多ければ多いほど店員のオペレーションが複雑化する傾向があるようだ。
取扱高が大きいなど、店舗側にメリットがあれば問題ないが、利用の少ない電子マネーに対応し続けるのは単なる負担となる。クレジットカードの仲介業者との契約形態にもよるが、取り扱う電子マネーに応じて追加料金が発生するケースがある。そのため、途中で契約を解除して取り扱いを止めてしまうという選択肢が出てくる。小規模な店舗やスーパーなどで、たまに特定の電子マネーの取り扱いを止めるケースが見られるのは、そのためだ。
この現象は海外でも見られ、例えば中国の深センのStarbucks店舗では「支付宝(Alipay)」や「微信支付(WeChat Pay)」のQRコード決済取り扱い開始を機に、「深セン通」という交通系ICカードの取り扱いを終了している。電子マネーも盤石な存在ではなく、ニーズに応じて店舗内の限られたスペースから追い出されることがあるわけだ。その点で、クレジットカードそのものを利用するオープンループとは異なる。
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