制裁中なのに5G対応 謎多きスマホ「HUAWEI Mate 60」はどのように製造されたのか:山根康宏の中国携帯最新事情(1/2 ページ)
Huaweiのフラグシップスマートフォン「Mate 60」シリーズは、基本スペックの一部を非公開として発売しながらも、中国では話題の製品となり売れまくっているという。プロセッサの「Kirin 9000S」を安定供給ができるかが鍵となる。アジアや欧州で発売されれば、Huawei人気の復活もありうるかもしれない。
Huaweiがこの秋中国で販売したスマートフォンが業界でも話題になっている。8月末から順次販売を開始した「HUAWEI Mate 60」シリーズだ。基本スペックの一部を非公開として発売しながらも、中国では話題の製品となり売れまくっているという。
大々的に発表されなかったにもかかわらず、iPhone 15人気を上回るMate 60
HuaweiのMate 60シリーズは「Mate 60」「Mate 60 Pro」「Mate 60 Pro+」「Mate 60 RS ULTIMATE DESIGN」の4モデルが販売されている。この4モデルはプロセッサと通信規格は同一だが、いずれもスペックが非公開のまま発売となった。フラグシップクラスのスマートフォンにもかかわらず、基本性能が公開されないのは異例のことだ。
ところが、一見するとどんな製品なのかが分からないにもかかわらず、中国でMate 60はハイエンドモデルの中でもトップクラスの売れ行きになっているという。一部では中国国内でiPhone 15シリーズよりもMate 60シリーズの方が売れている、という報道もある。
2023年10月上旬、筆者は中国・深センを訪問してHuaweiのフラグシップストアを訪問してみた。平日昼間にもかかわらず店内はかなりの来客がおり、1階の広いスペースに潤沢に展示されていたMate 60にほとんどの客が引きつけられていた。スタッフに聞くと、Mate 60は予約受付を中止しており、入荷があり次第SNSなどで告知される状態だという。
また、深センの電脳街である華強北路を歩いてみたところ、Mate 60を持っている人を10人以上見かけた。華強北路はスマートフォンのケースやパーツを売る問屋が多く、最新モデルを持つ人も多い特殊な場所だ。しかしそれを抜きにしても、出たばかりのMate 60シリーズを持っている人が多数いたということは、Huaweiの最新モデルが実際に売れているということなのだろう。
Huaweiが公開していないプロセッサの情報は、海外の調査会社、TechInsightsがMate 60を分解したところ、7nm(ナノメートル)プロセスで作られたKirin 9000Sであることが判明している(参考リンク)。また製造は中国のSMIC(中芯国際集成電路製造)とのことだ。
さて、スマートフォンの新製品は発表前から大々的なアナウンスが行われ、盛大な発表会が行われる。ところがMate 60シリーズの先陣を切って発売された2つのモデルは発売イベントも行われず、突然オンラインで発売された。これは米国政府から制裁を受けたHuaweiの強力な「反骨心」の現われだったのかもしれない。
中国国産のプロセッサを搭載し5Gに対応 どのように製造したのか?
米国政府は安全上の脅威から中国のIT企業に関連技術や製品の輸出を禁止している。Huaweiへの制裁は2019年5月と2020年9月に強化されていた。規制により、外国の製品であっても米国の技術を使って作られた製品の輸出には米国商務省の許可が必要になった。Huawei傘下のHiSilicon(ハイシリコン)はファブレスであり、半導体のKirinを台湾の半導体メーカー、TSMCに製造委託していたが、規制によりそれもできなくなった。
スマートフォンのプロセッサの技術革新は日進月歩で進んでおり、高速なCPU、高度なAI処理を行うNPU、高速通信の5Gモデムなどを統合するためには半導体製造において高い技術を必要とする。この半導体生産の技術力はプロセスルールで表されることが一般的だ。指標は半導体製造時の加工精度(=トランジスタのゲート長)で、数字が小さいほど新しい製造世代となる。2023年9月に発売された「iPhone 15 Pro」シリーズはTSMCの3nm(ナノメーター)プロセスを採用しており、現時点ではこれが最新世代となる。
半導体メーカーはTSMCの他にサムスンなどがあるが、いずれも米国の規制に基づきHuaweiからの製造受注を受けることはできない。おのずとHuaweiは中国国内の半導体メーカーを使うことになるが、製造技術は海外大手企業より4~5年遅れている。SMICは中国で最新技術を持つ半導体メーカーだが、Huawei同様、2020年に米国から制裁を受けるエンティリティリストに掲載された。その当時のSMICの技術は14nm、一方TSMCは5nmを実現しており追い付くにはかなりの年数がかかるとみられていたのだ。
Huaweiのフラグシップスマートフォンは規制を受ける前は世界各国で高い評価を受けていた。それは高性能なKirinプロセッサを自ら開発し、高い技術力を持つTSMCが製造を引き受けてくれたからだ。だがTSMCでの製造ができなくなったからといって、すぐにSMICが代わりに同性能のプロセッサを製造することは不可能だ。その理由はSMICの技術力が遅れているだけではなく、高性能な最新世代の半導体を製造するための装置、EUV(極端紫外線)露光装置を輸入することができないからである。
EUV露光装置はオランダのASMLが市場を独占している。オランダ政府は米国の制裁措置に同調しているため、SMICは輸入できない。スマートフォン用プロセッサを製造するための重要な設備を導入できないのだ。
では、どうやってSMICは7nmプロセスのKirin 9000Sを製造できたのだろうか。TechInsightsによると、EUVより世代が古い、ASMLのDUV(深赤外線)露光装置を使ったからだと推測されている。DUVは最近までは輸出禁止対象外だったため、SMICも購入が可能だったのだ。とはいえ、DUVは28nmから10nm程度の製造用の装置である。SMICはこれを改造して7nmプロセス対応としたと推測される。
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