「AI-RAN」でソフトバンクのネットワークは何が変わる? ユーザーのメリットとビジネス上のインパクトを解説:石野純也のMobile Eye(1/3 ページ)
ソフトバンクは、11月13日にAI-RANのコンセプトを具体化した「AITRAS(アイトラス)」を発表した。AI-RANとは、仮想化の基盤上で無線信号の処理だけでなく、AIも同時に駆動させるというもの。2025年度には一部法人顧客の専用網となるプライベート5Gに展開するミニマクロ局として、サービスを開始するという。
ソフトバンクは、11月13日にAI-RANのコンセプトを具体化した「AITRAS(アイトラス)」を発表した。AITRASは、神奈川県藤沢市の慶應義塾大学・湘南藤沢キャンパス(SFC)で実証実験が行われており、この基地局ソリューションは報道陣にも公開された。仮想化した基地局制御に採用されるGPUのコンピューティングリソースを生かし、無線通信だけでなく、生成AIも同時に動作させるのがAITRASの特徴だ。
公開されたデモでは、画像をマルチモーダルAIで解析し、犬型ロボットが不審者を追尾する様子や、自動運転車が検知した走行上のリスクを言語で監視者に伝える様子などが確認できた。いずれも、無線ネットワークを制御するのと同じサーバ上で駆動しており、処理にはNVIDIAのプロセッサ「NVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip」が活用されている。
AI-RANのコンセプトは、2月にスペイン・バルセロナで開催されたMWC Barcelona 2024で披露されていたが、その具体像が早くも明らかになった格好だ。ソフトバンク自身は、NVIDIAのGPUやAIプラットフォームの「NVIDIA AI Aerial」を基盤として活用しつつ、無線信号の処理ソフトウェアやそれらを管理するオーケストレーターを開発し、AITRASとしてまとめ上げた。そのインパクトを、詳述していく。
仮想化ネットワーク用のGPUでAIアプリも動作させるAITRAS
ソフトバンクの開発したAITRASは、無線を制御するためのDU(Distribution Unit)を仮想化したソリューションになる。一口に基地局と言ってもそれを構成する要素は複数あり、電波を実際に発射、受信するためのRU(Radio Unit)や、アクセス処理、プロトコル処理をつかさどるCU(Central Unite)に加え、信号の処理を行うDUに分かれる。もともと専用ハードとして一体化していたが、5GではCUとDUに機能分離された。そのCUやDUを汎用(はんよう)的なコンピュータ上のソフトウェアにしたのが、仮想化と呼ばれる技術だ。
AI-RANとは、仮想化にあたって実装されたコンピュータの処理能力を生かし、その基盤上で無線信号の処理だけでなく、AIも同時に駆動させてしまおうというがその主な中身になる。実際、ソフトバンクのAITRASでも、NVIDIAのCPU/GPUを使い、ソフトバンクのアプリケーションとして、無線制御“以外”のエッジAIを動作させている。SFCで披露されたデモの多くは、それだ。
NVIDIAのGH200 Grace Hopper Superchipを組み込んだサーバ。上から2つがDUとして機能しており、下4つ分がAIの処理に活用される。リソースの消費状況に応じて、この組み合わせを変更することも可能だという
DU側と同じ基盤にAIを実装するメリットは複数ある。1つが、実際に信号を受信する端末と距離が近く、遅延が少ないこと。距離的に遠く離れたサーバのAIを動作させるのとは異なり、基地局のすぐそばにあるため、その分レスポンスがよくなる。また、キャリアのネットワークはキャリアとそのユーザーの間で閉じているため、セキュリティのリスクも低減できる。
ロボット犬を使った不審者検知のデモでは、この遅延の少なさが生かされていた。ロボットが人間を追尾するには、その動きを瞬時に解析して、動きを制御する必要がある。ソフトバンクによると、1秒間に10回のロボット制御が求められるという。1回あたりの処理に許容される時間は、100msだ。一方で、LLM(大規模言語モデル)の処理にも60ms程度の時間がかかる。つまり、無線区間では遅延を40ms以内に収めなければならない。これを実現するには、基地局に近い場所でAIを動作させる必要があるというわけだ。
実験では、意図的にネットワーク区間への遅延を挿入したところ、ロボット犬の処理が追い付かず、人間をきちんと追尾できない様子も確認できた。こうした“瞬発性”を求められるAIの処理に向いたソリューションといえる。基地局の近くに分散配置したサーバを動作させるMEC(Multi-Access Edge Computing)という仕組みは5Gで規定されているが、それを単独で実装するのではなく、無線制御と同じGPU上で処理するのがAITRASの特徴だ。
これを導入すると、ソフトバンクは自身で開発したAIのサービスを法人などのユーザーに販売できることに加え、余剰リソースを外部に開放することも可能になる。ビジネスの観点では、基地局投資の回収方法が多様化するといえる。NVIDIAのテレコム担当バイスプレジデントを務めるロニー・ヴァシシュタ氏が「AIを使って初めて(基地局を)収益化することが可能になる」と語っていたのは、そのためだ。
ソフトバンクの表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏は、「最終的に、われわれの20万ある基地局全てに入れるか、クラウドRAN化している部分のベースバンド部分に入れるかはあるが、ソフトバンクはAI-RANでネットワークを全部作り直すつもりでいる」と意気込む。AITRASの発表は「その第一歩」という位置付けになる。
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