FOMA SH700iいわゆるスペック表に並んでいる数字や機能の○×表と違い、あまり表に出てこないのが携帯電話のユーザーインタフェース(UI)の善し悪しだ。使い勝手を直接左右するUIは、“買った後の満足度”に直結する。 縁の下の力持ちのような存在で、ある意味地味──しかしUIの重要度を考えると、“UIにファンが付く”といっても過言ではない。 中でも定評のある、シャープ製端末のUI。どんな点に注意を払い、どんな経緯で生まれ、改善されてきたのか。「SH505i」に始まり、最新の「SH700i」へと至る、シャープのUI開発の現場に迫った。 「SH505i」で大幅なUI改善に着手「SH251iのときは、ムーバブランドとして初の納入でした。当時はカメラ携帯の全盛期で、とにかく早く出す必要があった。PHSのUIをベースに改良する形で出しました」
そう当時を振り返るのはシャープ通信システム事業本部パーソナル通信第一事業部商品企画部の河内厳副参事だ。このムーバ初参入のSH251iこそ、PHSのUIをベースとしたが、「SH505i」の開発時には、イチから新しいものを作り上げた。 ドコモのムーバ端末は半年おきに新機種が投入される。次々と盛り込まれる新機能の搭載に追われ、UIの抜本的解決は難しいからだ。「UIは、ここで作っておかないと、次のチャンスがいつになるのか分からない。いつまで経ってもUI改善が難しいだろうと」(河内氏) SH505iでは、当時最もポピュラーだったUIをベースに、独自に改良を加えて最善のUIを目指した。 「ベースを何にするか。何もないところからは作れません。当時、一番売れていた大手端末メーカーのUIを勉強するところから始めました」(河内氏)
「基本のポリシーは、大手メーカーのユーザーがシャープの端末を買うときに戸惑わないように。どこかの端末を使っていたユーザーが(シャープ端末に)来るわけですから。その時に、前のメーカーよりも使いやすいね、あるいは前のメーカーと同じだからいいね、と言ってもらう必要がある。大手メーカーの良いところと悪いところを分析しながらやってきました」(同氏) もともと社内でも他キャリア向けのUI仕様──左で戻って右で進むというインタフェースはあった。しかし、それはドコモ端末では標準ではないだろうということから、新たに作り直した。 「いわゆる、クリアで戻る、決定で進む。それに全部決めたんです。ドコモの中では、我々は失うものはないので、イチから作りましょうと。そういう意識改革と体制の変更をやり始めました」(河内氏) マルチメディア系機能を独自で改善「アプリケーションのキー配置などは、大手メーカーとそろえた点です。メールは左側、電話帳は右側。シャープ端末ではカメラ機能が特徴なので、メニューではなくカメラボタンを付けるとか。基本機能はできるだけ合わせにいく。逆にカメラのような訴求していきたい部分では、独自のコンセプトで行くことにしました」
基本は継承し、マルチメディア系──動画、写真などの部分はシャープが先行して独自性を出していく。そうコンセプトを話すのは商品企画部の渡邉夫美子氏だ。 「例えば、カメラで撮影した後に自動リサイズしてメールの新規作成画面に移れる機能──これはSH505iで初めてやったんです。それ以降、他社さんも取り入れるなど評価いただいています」(渡邉氏) メガピクセル携帯の登場時、せっかく高解像度で撮影できるのに、メールで送信するには低解像度で撮影しなくてはならない端末が当たり前だった。SH505iは、メール添付時の自動サイズ変更機能を搭載。画期的なUIとして、高く評価された。 「カメラのファインダー画面で、キーにそれぞれの機能を割り当てて、サイズを変えたり画質を変えたりできるようにした。そうした部分もシャープが先駆的にやってきたUIです」(渡邉氏) プロユースとビギナーユースでは、シャープ端末UIの基本思想はどこにあるのか。 「UIの設計上気をつけているところは、初心者の方には当然使いやすく。また上級者の方にも使いやすくというところです」(渡邉氏) 使いやすくインタフェースを工夫しました──これはよくあるキャッチコピーだが、たいていの場合は初心者向けに文字を大きくしたり、ガイドを出すに留まる。慣れた上級者にとって使いやすいかどうかは、案外忘れられている点だ。プロユースとビギナーユースをきちんと分ける。UI開発ではこの点が重要だ。 「使いやすい──を突き詰めると、何でもサブメニューに入れたらいいのかとか、画面上にガイドを出したらいいのかということになりがちです。でも使い慣れたら、逆にうるさくなったり、手間がかかってしまう。そうするとマイナスになってしまって離れてしまうユーザーも出てくる」(渡邉氏) ビギナー向けに、初めて触っても迷わず操作ができるUIを構築すること。そして慣れた上級者がスムーズに操作できるようにすること。この2つを両立させることが、UI開発の難しさの1つだ。 プロユースに向けたショートカットの充実両立のための1つの方策が、上級者向けにショートカットを充実させた点だ。[メール]ボタンのダブルクリックで「メール問い合わせ」が行える点や、[カメラ]ボタンの長押しで画像一覧が表示される点は、愛用し、使いこなしているユーザーも多いだろう。 「ショートカット操作を重視して入れている部分がいくつかあって、例えばデコメールのパレットもその1つです。画像編集のスピーディーラボがありますが、もともとはここで操作をいかにショートカットするか考えたのが始まりです」(渡邉氏)
上級者でも気づきにくい小技の一例が、文字入力時に[#]キーや[*]キーを長押しすると、切り取りとコピーができる点。わざわざメニューをたどることなく、待受画面からダイレクトに各機能にジャンプできるのも、ショートカットの一例だ。例えば、待受画面から電話番号の代わりに数字を入力して決定ボタンを押すと、その数字がそのまま電卓に入力される。 「電卓を使うのに、わざわざメニューから電卓を探さなくてはいけない。これって感覚的に遠いじゃないですか」(河内氏)
UI改善の原動力──ユーザビリティ調査もう一方の、“初心者向けの分かりやすさ”はどのようにして作り出してきたのか。 「社内のユーザビリティ評価制度があって、新製品を出すたびにチェックしています。それを積み重ねて改善してきました。もう1つは、市場からの声です」(河内氏) ミッションの出し方やチェックポイントにシャープのノウハウがあり詳細は明かされなかったが、簡単にいうとこうだ。新製品の基礎開発の段階でユーザーを集め、例えば「画像付きメールを作成してください」と指示し、画面からどうメニューをたどり、どこで戸惑い、どこで間違えたかを入念にチェックしていく。 「基本的には取扱説明書を全く見ずに、操作をどこまで使えるか、最終的な操作完了までできるかを見ます。その中で挙がってきた改善点の1つとして、ドコモのユーザーさんは操作が分からなかったら、まずサブメニューの中で自分のやりたいメニューがあるかどうか探しにいくんです。画面上とかキー表面に表示しきれない操作について、できるだけサブメニューに入れたりしています」(渡邉氏) もちろん、試験の結果をどう解釈するかは受け手の問題だ。「あの人、ここ行き過ぎちゃったよ。ワーディング(メニューの説明文)悪いんじゃない」(河内氏)といった議論が交わされるという。 特に、メニューに表示する操作の説明──ワーディングは重要だ。サブメニューの3番目に、その機能のメニューが用意されているのに気づかなかったり……。そんなこともたびたび起こるという。 「SH251iSの時に、動画機能で『ビデオメモ』というのを入れていたんです。これを動画とかムービーと結びつける方が少なくて。今は、iモーションとか動画といっているんです。カメラ撮影は、『動画撮影』、保存したボックスは『iモーション』という言い方をしています」(渡邉氏)
動画撮影ボタンで機能訴求──SH700iUI改善の効果は、使いやすさ向上に留まらない。UIを工夫することで、ユーザーに携帯の新しい使い方を提案することも可能になる。単独のカメラボタンを搭載し、“携帯でカメラ”という使い方を広めたシャープ。最新のSH700iでは、動画専用ボタンを設けて機能の訴求を図った。
「動画を送れることがFOMAとPDCとの最大の違い。FOMAに興味を持ってくれる方に、動画を強く訴えるためには、ビデオに付いているような『REC』のマーク。これだったら、誰が見ても分かる」 こう意図を説明するのは商品企画部の梅宏之氏だ。 「まずは使ってもらう。そのためには簡単にしないと。昔からやっているように、カメラを訴求したいのでカメラをワンタッチで起動できるボタンを付けた、それと同じように動画を使ってほしいので、独立したムービーボタンを付けました」(梅氏) ここには、ユーザビリティ調査の結果も反映されている。 「普通カメラボタンを押すと静止画のカメラが立ち上がりますよね。静止画のカメラから動画に切り替える、そこの敷居が非常に高いんです」(河内氏) シャープファンを作っていく上で重要なUI高性能なカメラや液晶に匹敵するほど、重要なUI。しかしUI改善に積極的に取り組むメーカーは案外少ない。3G携帯電話の開発負担の多くはソフト開発にある。UIの重要性を認識しているメーカーでなければ、新機種ごとにUIを改良していくのは難しい。 「強く言わないと、UIって『最終的には操作ができるんだからいいじゃないか』ってことになってしまう。企画のほうで言わないとなかなか実現できないって確かにあるんですよ」(河内氏) 開発期間の延長とバグを恐れて改善を控えたがるソフト開発部隊。開発効率を重視するあまりUI改良を軽視する経営陣。こういった端末メーカーは数多い。UIの細かな点を機種ごとに向上させていくシャープのようなメーカーは珍しくさえある。 「市場からの声も割と積極的に反映するマインドがあります。ソフト開発のメンバーも、UI改善に関して、よくしようというマインドがあるので、(シャープの端末は)良い環境にあるんです」(河内氏) 携帯市場が飽和していく中、シェアを伸ばし続けるシャープ。その理由の1つには、こうしたUIの地道な改善により、着実に“シャープUIファン”を増やしている点があるのは間違いないだろう。 「他社から乗り変えてもらうというのが1つのポイント。そしてせっかく乗り換えてもらった人を逃さない。UIが嫌でシャープを使わないと言われてしまったらどうにもならない。シャープファンを作っていく上で、UIってとても大事なんです」(河内氏)
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