News 2003年5月28日 11:34 PM 更新

“ミリ波”が成層圏から降ってくる――CRLが高高度飛行体で実証実験

通信総合研究所(CRL)が今秋、高高度飛行体を使って成層圏通信用ミリ波帯を利用した通信の実証実験を行う。通信・放送サービスの中継基地などで期待される「成層圏プラットフォーム」が、いよいよ実用化への第一歩を踏み出した

 上空20キロ付近の成層圏に無人飛行船やソーラープレーンなど“高高度飛行体”を滞空させ、通信・放送サービスの中継基地などに利用する「成層圏プラットフォーム」が、いよいよ実用化に向けて歩き出した。

 ハイパメディアコンソーシアムが5月28日に開催した「高高度飛行体IT基地研究会」で、通信総合研究所(CRL)横須賀無線通信研究センター無線イノベーショングループ主任研究員の辻宏之氏が、2003年度に予定されている「成層圏滞空ソーラープレーンを使った広帯域IPおよびインテリジェント通信実験」の概要について語った(高高度飛行体については2001年11月の研究会を、成層圏プラットフォームについては2002年1月のシンポジウムを参照)。


通信総合研究所横須賀無線通信研究センター主任研究員の辻宏之氏

 CRLは昨年の6−7月にかけて、高高度飛行体を使った「HDTVデジタル放送」と「IMT-2000通信」という2つの“世界初”「成層圏無線中継」を実施。実証実験を通じて成層圏プラットフォームの有効性を明らかにした(「成層圏無線中継」実証実験の詳細は2002年12月の記事を参照)。

 「2002年度の実験では、UHF帯による高精細TVの受信がわずか1ワットの送信パワーで可能だった点や、市販のIMT-2000携帯電話でTV電話接続が実証できたなど、成層圏環境での無線機器運用に関する技術データを多く取得できた」(辻氏)

 だが、昨年行った実証実験はたった2つのみ。さまざまな活用が期待される成層圏プラットフォームで、実験項目を最小限にしぼらなくてはならなかった理由は、成層圏滞空に使ったソーラープレーン「Pathfinder Plus」の積載能力が、最大50キログラムと非常に低かったからだ。

 今年9-10月にかけてハワイ・カウアイ島で行われる2003年度の実証実験では、ソーラープレーンがPathfinder Plusから最新の「Helios(プロトタイプ)」に変更される。AeroVironment社が開発したHeliosはPathfinder Plusの後継モデルで、2001年8月の飛行試験で地上9万6500フィート(約30キロメートル)の飛行を成功させている実力機だ。その翼長はPathfinder Plusの2倍と大型ボディになっており、積載能力も272キログラムと大幅に増えている。


ソーラープレーンがPathfinder Plusから最新の「Helios」に変更

 ソーラープレーンの変更で、昨年よりも多くの機材を搭載できることになった2003年度の実証実験は、より実用化に近い試みが行われる。

 「ITUで認められた成層圏通信用ミリ波帯(28/31GHz、47/48GHzミリ波帯)を利用した通信の実証を行い、成層圏プラットフォームでのミリ波帯利用の有効性をいち早く示すのが大きな目的。昨年の実験で搭載した通信機器は、単なるリピーターとしての役割しかなかったが、今年はコンピュータを使ったインテリジェントなアンテナ制御を行える通信機器を搭載する。成層圏プラットフォームを使った将来の通信システム実現のための、非常に重要なミッションとなる」(辻氏)。

 CRLは“インテリジェント”な通信実験を行うために、「デジタルビームフォーミングアンテナ」と「マルチビームホーンアンテナ」という2つの“秘密兵器”を用意した。

 デジタルビームフォーミング(DBF:Digital Beam Forming)アンテナは、デジタル信号処理によって複数のアンテナビームを形成。ソフトウェアによってアンテナのビームを電子的に制御するため、柔軟で複雑なアンテナ指向性制御が行える。また、プログラムの変更によって、機能の追加・変更が可能なほか、必要な場所だけにアンテナの指向性を形成できるため、不要な方向には電波が放射されず干渉波を減らせるといったメリットもある。


ソフトウェアによってアンテナのビームを電子的に制御する「デジタルビームフォーミング」

 もう1つの秘密兵器、マルチビームホーン(MBH:Multi Beam Horn)アンテナは、機械的にアンテナのビームパターンを制御するもの。比較的安価で、しかも広帯域(300MHz以上)利用による高速伝送が行えるという特徴がある。「MBHに使われているのは、日本の最先端ロボット技術。異なる方向に向けた複数のホーンアンテナをまとめて3軸制御を行なうことによって、飛行体の姿勢変動による地上のサービスエリア変動をできるだけ小さくすることができる。広帯域利用で1Gbps以上の高速通信も可能になる」(辻氏)。


機械的にアンテナのビームパターンを制御する「マルチビームホーン」


MBHの実験システム構成

 このMBHを使って、ミリ波帯を使った高速IP伝送の実証実験が行われるほか、成層圏からのミリ波伝送特性の測定、MBHのアンテナビームパターンの評価などが実施される。

 MBHを使ったIP伝送のアプリケーションとしては、デジタルカメラで撮影した画像の伝送実験が行われる。実験で使う撮影システムには、市販されている一眼レフデジカメに、600ミリの望遠レンズを装備。解像度は4082×2718ピクセルと、衛星に搭載される超高精細デジカメに比べると非力だが、地上までの距離が20キロメートルと衛星よりもはるかに近いため、分解能は40センチと最新の偵察衛星を上回る画像を得ることができるというわけだ。


市販されている一眼レフデジカメを利用するが、分解能は最新の偵察衛星を上回る

 「衛星に搭載したデジカメを使った地上モニタリングシステムはすでに実用化されているが、成層圏プラットフォームでは広帯域利用による高速大容量伝送というメリットを生かすことで、衛星よりも高解像度の画像を瞬時に地上へ送ることが可能となる。また、解像力チャートやカラーチャートを使って成層圏からの画像と近距離で撮影した画像とを比較し、大気の影響なども評価したい」(辻氏)。

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[西坂真人, ITmedia]

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