「カスタマーサクセスはフェアで面白い」 山田ひさのり氏×テックタッチCEO対談で探る、CSの成長戦略

» 2023年12月04日 10時00分 公開
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 SaaSをはじめとするデジタルサービス市場の拡大に伴って、カスタマーサクセス(以下、CS)の認知度が高まっている。一方で、自社のCS組織をどう動かし、成長させるべきか悩んでいる企業も多いのではないだろうか。

 CSの第一人者として知られる山田ひさのり氏と、システムのユーザー体験を改善する「テックタッチ」を提供するテックタッチ 代表取締役 CEO 井無田仲氏が対談し、CSについて企業が抱える課題や解決策などについて語り合った。

※以下、敬称略

CSに投資しないのは「もったいない」

井無田: 本日はよろしくお願いします。山田さんの著書やご講演などをよく参考にさせていただいています。ロジカルな要素分解や、それに基づくストーリーの立て方がいつも素晴らしいなと思っていて。

山田: ありがとうございます(笑)。本日はよろしくお願いします。テックタッチさんはCS支援を中心とした事業を展開されていますよね。CSの認知はSaaS企業が増えてきたことで広がってきているものの、市場としてはまだ小さい。井無田さんはCSの現状をどう見ていますか。

photo 左:テックタッチ 代表取締役 CEO 井無田仲(イムタナカ)氏/右:『カスタマーサクセス実行戦略』著者、sasket LLC代表、元Sansan カスタマーサクセス責任者 山田ひさのり(ヤマダヒサノリ)氏

井無田: われわれのお客さまである、SaaSなど自社システムを開発している企業のCSの方と話すと、どうしてもCSは営業に比べて投資されにくい状況にあるなと感じています。営業が短期間で数字成果を上げやすいのに対して、CSはより中長期で見ていく必要があるからだと思います。ただ、製品のLTV(Life Time Value)を支えているのはCSですから、すごくもったいない状況にありますよね。私自身も会社の代表をしていると、CSと営業の価値をどう比較するか、同等だということを計算式で正当化するのは難しいと感じていて。山田さんはこの点をどう考えますか。

山田: ご指摘の通り、同じ悩みを抱えている企業は多いと思います。CSで最も重要なのは、お客さまの「成果を創出すること」です。そこが見えていれば投資しやすいのかもしれませんが、実際問題として成果の道のりをクリアに描けている会社はなかなかない。

 米国などの動向を見ていると、お客さまを育成するナーチャリングとビジネス成果を与えるアウトカムを切り分ける動きが出てきています。つまりCS内部で、「サービスをちゃんと使ってもらう」というお客さまの育成だけにフォーカスする人と、ビジネス成果にインパクトを与える人を分ける考え方ですね。

 お客さまの育成は、機能利用率など特定のKPIの達成という分かりやすい目標になるため、比較的キャリアが浅いメンバーでも務まります。これに対して、お客さまのビジネスに成果を与えるところまで持っていくにはある程度の経験値が必要です。このビジネス成果を創ってサービスのアップセルをかけていくCSは、価値も計測しやすいですよね。そういうふうに分けることができれば、能力的なステップアップの方向やキャリアパスも整備されるので、CSの中でキャリアによって役割やグレードを設けるのはいい方法だと思います。

井無田: CSが追うチャーンレートは減点方式といいますか、「一番頑張ってゼロ」みたいな部分がつらいんですよね。確かに、キャリアパスで分けるといった方法を取れるとCSの役割もだいぶ明確化できそうです。

山田: チャーンレートは、業務改善を重ねてある程度下がってきたら動きませんよね。この状態になると「CSはやることがない」と言われます。でも、しっかりナーチャリングしてチャーンレートをキープする人と、お客さまの製品導入時に目指していた理想の状態――アウトカムの創出に取り組む人を分けていればキャリアパスもできるし、やることがない問題もクリアになるのではないでしょうか。

まずは「だいたい5個ある」典型的なアウトカムを特定する

井無田: CSの組織を成長させるためには、どのようなことに優先的に取り組むべきだと思いますか。

山田: 幾つかありますが、まずはナーチャリング手法の確立です。ナーチャリングは本質的ではないとはいえ絶対に必要で、最適な方法を社内で構築するのが理想です。もう一つは、自社の製品が提供する典型的なアウトカムを特定することですね。

 アウトカムはお客さまによってばらつきがあるものの、私の経験では1つの製品に対してだいたい5個くらいに分類できます。この5個をまず特定する。すると、そのうちの3個くらいで8割ほどのお客さまをカバーできることが分かってきます。自社の製品から出る典型的なアウトカムパターンを理解し、いったんそこに集中する。そうすると教育プログラムも整いますしプレイブックも作りやすくなってお客さまをサクセスさせやすくなり、結果として事業も回ります。

井無田: ただ、アウトカムには計測しやすいものもあれば、計測しにくいものもありますよね。

山田: さすが鋭いですね! まったくその通りです。CSがなぜ今、はやってきているかというと、ITによってアウトカムをログで計測できるようになってきたからです。SaaSはアウトカムの計測が可能なので、CS活動によって顧客の成功の可視化や定義がしやすい。そのため、CSとSaaSは相性が良いんですよね。

井無田: せっかくログを取れる環境にあるのに、計測や解析を行っていない企業は多い。山田さんのお話を聞くと、やはりもったいないし早くやるべきだと感じます。

山田: ログ解析に慣れていない文化があるのかもしれません。私がお付き合いしているコールセンターの会社では、コールの分析はしているものの井無田さんが言うようにサービスのログ解析などはあまりしていないですね。

 私が重要だと思っているのは、仮説構築力です。仮説を持ってログを見ないと何も見えてきません。お客さまの顔を見て行動を類推して、ログを確認する。ログに行動が現れていることを確認できたら、それを追っていけばいい。気軽に言いましたが、まぁこれは結構難しいです(笑)。

井無田: 山田さんの経歴を拝見すると、ソーシャルゲーム業界にいらしたことで、そもそも数値分析する重要性を認識されていたり、仮説構築力を養われていたり――という側面をお持ちなのではという気がします。

山田: それはそうかもしれません。数字や行動ログから、人間の感情まである程度は推測できると私は思っています。

ハイタッチで勝ち筋が見えてきたらテックタッチへ

山田: ぜひ私からも伺いたいのですが、テックタッチさんはWebの画面でユーザーをナビゲーションするサービスを提供されていますよね。個人的に興味を持っているのは、そんなテックタッチさんも顧客と一対一でコミュニケーションするハイタッチをされているのかということです。

井無田: はい、お客さまからは冗談で「ハイタッチさん」と呼ばれることがあります(笑)。私たちが提供しているのは、お客さまがCSの中で実現したいことを支援するツールです。サービスの使い方だけであればテックタッチでも伝えられますが、お客さまの要望の本質を理解し、それを実現するための実装などについてはハイタッチで対応しています。それに「そもそもCSのあるべき論」から入るケースも多いですね。

山田: ハイタッチにするか、ロータッチにするか、テックタッチにするかは、企業のフェーズによりますよね。最初のフェーズでは、自分たちの製品がどういう価値を与えるのかはっきりしないことが多いので、解像度を上げてお客さまをしっかり見た方がいい。

 その上で課題などを認識して「このやり方で勝てる」と思ったら、私はまず一度、全てテックタッチに切り替えるのがいいと思っています。企業の成長という意味で考えると、勝ち筋が見つかったらテックタッチに振り切っていい。全てをテックタッチでカバーして、できないところが見えてきたらハイタッチで構築していく。スピードアップとスケールアップを両立させるなら、その方が合理的だと今は考えています。

井無田: その逆転思考、素晴らしいですね。テクノロジー(テックタッチ)だけに振り切るのはかなり勇気が必要で、普段の業務の延長で検討しようとするとなかなか意思決定ができません。そう考えているCS部門からすると、山田さんの今の発言から得られる気付きがあると思います。

 CSの担当者には「ユーザーにこう使ってほしい」という思いがあって、そこにしっかり誘導できるように導線を作れるのが、私たちの製品の大きな価値だと思っています。ハイタッチやロータッチから、テックタッチに切り替えていくフェーズで活躍できるツールだという自負があります。

山田: テックタッチさんはプロダクト向けだけでなく、大企業の社内システム向けにもサービスを展開していますよね。結構ニーズが存在しているのでしょうか。

井無田: ニーズはありますね。創業した2018年ごろに、ようやく日本にもDXの波が訪れました。それまでは多くのシステムが内製されていましたが、経費精算や人事など非競争の領域ではSaaS製品がどんどん発達し、基幹システムやビジネスに連動するところにITリソースの投資が行われるようになりました。

 ただ、SaaSはLTVが比較的短くていつでも入れ替えが可能です。新しいソリューションが次々と出てきて、使いこなせない状況も生まれてきました。私たちの製品はそこをしっかり使いこなせるように、データ入力やオペレーション部分などのシステム画面を通じて支援させていただいています。

山田: CSは本来、アウトカムを与えるアプローチですが、世の中を見渡してみるとおっしゃるような製品の使いこなし――製品側から見るとユーザーのナーチャリング部分が整理されていないと感じている人が多いようです。ですから、ナーチャリングを極めていくだけでもビジネスとして勝負できると思います。

 その意味では、CSにも営業プロセスの「The Model」のようなフレームワークが必要ではないでしょうか。カスタマーサポートではなく「カスタマーサクセス」を掲げる企業は、「デファクトスタンダード(業界の標準)にする」といった意気込みを持ってフレームワーク作りに注力していってほしいと思いますし、私がコンサルで入っている企業はそのような動きをしています。

井無田: なるほど、それはすごく面白いですね。おっしゃる通り、CSでも「The Model」のような美しいフレームワークは作れるはずです。

山田: 僭越(せんえつ)ながら、ぜひテックタッチさんにはそんなフレームワーク作りにも注力してもらえればと思っています(笑)。

井無田: 頑張ります(笑)。個別に見れば、既にそういったフレームワークを意識して活動しているCSの方もいると思いますし、手法が広がっていくことでCSもお客さまもハッピーでいられる理想的な世界が創れるのかなと。私たちも、そんな世界を築く一助になれるよう今後も支援の幅を広げていきたいですね。

CSは「本質的で、フェアで、面白い仕事」

井無田: 山田さんとの対談を通して、CSは本質的で面白い仕事だと改めて思いました。誰も敵はいないですし、成功体験を生むことでお客さまを幸せにできます。CSを通じて「みんながハッピー」な状態を築ければ理想ですね。

山田: 私もCSは美しい概念で、フェアだと思います。お客さまは得があれば使い続けますし、不要になったら使うのをやめるだけです。企業努力をして受け入れてもらうことで、お客さまと良好な関係を築いていけます。それに、CSの取り組みや考え方は日本人に合っている気もします。CSに携わる人は、ぜひこの仕事に誇りを持ってほしいです。

井無田: 私たちはCSを極めていく会社でありたいし、テックタッチはそのための製品だと思っています。ありがたいことに、お客さまが増えるたびに逆にノウハウを頂き成長できていると感じます。だからこそ、私たちは「CSのマーケットを引っ張っていく存在」になることに責任を持ちたい。山田さんともぜひ今後“共闘”させてもらえるとうれしいです。本日はありがとうございました。

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