「PSEで失ったもの、戻らない」――国のミスに振り回された中古店(2/2 ページ)
「50年以上続けていた仕事を、なぜ突然奪われなくてはならないのか」──PSE法の本格施行が中古AV機器などの販売に大混乱を引き起こしてから1年以上がたった。経産省は法と運用のミスを認めて謝罪し、改正を急ぐ。だがこの間、中古店は売り上げが大幅に減るなどの経済的損失をこうむった。国に振り回された中古店が失ったものは大きい。
2月18日に坂本龍一さんなどミュージシャンが、ビンテージAV機器のPSE法からの適用除外を求めると、経産省はビンテージ機器を「例外」として除外すると、猶予期間終了の2週間前・3月14日に発表した。
その直後、「ビンテージであってもなくても、安全性に変わりはない。ビンテージ品だけ除外というのはおかしい」という声があがり、経産省はまた方針を転換。ビンテージではない電化製品についても、一定の手続きを踏んで「レンタル」とみなすことで販売可能にする、と猶予期間終了の1週間前・3月25日に発表。めまぐるしく変わる対応に、中古店は振り回された。
年商が半分以下に
清進商会の商品はほとんどがビンテージ品。ビンテージ除外の知らせに進さんは「これでやっと商売できる」と安堵(あんど)した。ただ「4月までに機器を売り切ってしまおう」とセールを行っており、安価に売りさばいた機器は戻ってこない。加えて、経産省が発表した“認定ビンテージ品”リストは間違いだらけで不十分。生産中の商品や、電気機器ではないものまでリストに上がっており、単純な表記ミスも少なくなかった(関連記事参照)。
「国家がビンテージ品を認定するという考え方がそもそもおかしい」――そんな指摘もあったが、ビンテージ品認定制度はいまも続く。小川さん夫婦も、リストの小さな文字を追いながら、商品が認定されているか確認し、販売している。リストは順次更新されているが、あまりにぼう大でチェックが大変。明らかにビンテージと考えられる機器でも認定されていないこともあり、申請してもなかなか認定してもらえず、欲しい人がいても売ることができない。
昨年の年商は、一昨年の5500万円から2200万円に半分以下に減った。ここ1年、進さんの月給は90万円から15万円に削ったまま。ぎりぎりの生活が続く。
自主検査した機器は「不人気」
ビンテージ品以外を扱う中古店では、PSEマークなしの機器を、自主検査を行った上で販売している店もある。だが1000ボルトもの高圧電流はデリケートな中古機器を傷めるおそれもあり、大きなPSEシールは機器のデザインを損ねる。「『自主検査でPSEマークを貼付した機器は、客から人気がない』と検査をやめてしまった業者もあると聞く」(進さん)
経産省は、ビンテージをPSE法対象外とすると発表した3月14日、全国500カ所に自主検査用の拠点を作ると発表した。だが「周囲の中古店で、拠点を利用している業者は聞いたことがない」(進さん)という。自主検査用の機器は十数万円程度。商品をわざわざ拠点に持って行って検査するより、自前で購入して店舗で検査したほうが効率がいい。「拠点の整備は税金の無駄遣いでは」(進さん)
経産省によると、自主検査用拠点の提供は昨年度で終了し、今年度からは電気環境研究所(JET)が持つ120機の検査用機器を無償で貸し出している。今年4月時点での貸し出し数は20台という。
そもそも、中古品へのPSEマーク添付時に再検査を求めたのは、「旧法(電気用品取締法)に適合している電化製品も、改めて検査しないと安全性が十分確認できない」という認識が経産省にあったため。だが改めて検査したところ、旧法とPSE法で安全基準に差がないことが判明し、経産省も当時の認識に間違いがあったと認めた。「自主検査には意味がなかった」――カタログハウスの小林さんは憤る。
経産省は法改正に向けて動いているが、改正法案の施行は、最も早くて来年4月。それまでは「ビンテージ品リスト」を1つ1つつぶしたり、「意味がない」と分かっている危険な検査を続け、機器のデザインを損ねながらPSEシールを貼るしかない。10万〜30万円程度する検査機器の購入代金も、返ってくる見込みはない。
責任の所在は
7月17日、経産省が都内で開いた中古店との意見交換会の席で夫妻は、経産省の本庄孝志・大臣官房審議官に思いの丈をぶつけた。
「PSE法は重大な人権侵害。経産省の説明は二転三転し、対応もころころ変わり、経産省への信頼を完全に失っている。中古店は大きな損害を受け、われわれの遵法精神も阻害された。責任はどう取ってくれるのか」
本庄審議官はミスを認めて謝罪し、PSE法改正に全力で取り組むと表明した。道子さんは「直接声を届けられてすっとした」と道子さんは言い、「謝罪したことには驚いた」と進さんも評価するが、「この場だけ謝っておけばいいだろう、というその場しのぎの印象を受けた」という疑念も消えない。
実は昨年から、多くの人に訴訟を勧められていた。だが進さんは「裁判はとてもじゃないが、できない」と言う。「訴えたい気持ちはあるが、3年の時間と2000万円の費用がかかると聞いた。費用は支援していただけるとしても、店員は夫婦は2人きり。店を続けるためには、裁判はできない」(進さん)
経産省の調査によると、全国1万2255ある中古店のうち61%が従業員2人以下の零細事業者、全体の9割以上が従業員数9人以下だ。PSE法で打撃を受けていたとしても、大きな声を上げるのは難しい立場だろう。
「官僚や経産省にミスがあったとしても、訴えられて責任を取らされることはないのかもしれません。でも、わたしたちから店を奪い、財産を奪ったんです。刑務所に入って反省していただけるような制度があってほしい。官僚個人としても、省としても責任を受け止め、償ってほしい」(道子さん)
本庄審議官は「償いの方法を検討する」と答えている。
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