著作権の“雪かき”は進んだか――初音ミク発売から1年半(2/2 ページ)
初音ミク発売から1年半が経った。クリプトンは、グッズの乱発を避けてブームを持続させながら、無信託での楽曲販売にチャレンジ。「CGM型の音楽流通」の実現を目指している。
既存の体制は、音楽を作れるのは一部のプロだけ――という前提を元に構築されている。作家は、楽曲の著作権を、音楽出版社に譲渡。出版社はその一部を日本音楽著作権協会(JASRAC)など著作権管理団体に信託し、楽曲が利用されれば管理団体は使用料を徴収して出版社に渡し、出版社が作家に還元する――という流れだ。
ミクのイラストは、非商用で公序良俗に反しない限り、原則、2次創作OKだ。伊藤社長は「著作権の考え方は、“全部ダメ”とした上で、一部の利用をOKする『原則NG』のモデルだが、われわれが試しているのはその逆、『原則OK』のモデルをどう作るか。“疑似フェアユース”を試しているようなもの」と話す
曲作りに人手とコストがかかるプロ作品の場合は、この仕組みが有効だ。作家はレコード会社や出版社と協力しながらトレンドを意識した楽曲を制作。歌手を探し、設備の整ったスタジオで原盤を製作し、CDをプレスし、広く全国にプロモーションし、全国から収益を回収し、作品作りにかかったコストをまかなう。放送やカラオケ、レンタル店等の使用料もここで回収する。JASRACのような著作権管理団体は、回収を効率化するために必須だった。
だがミク作品は前提が違う。クリエイターのほとんどはアマチュアで、主婦や学生の“人気P”もいる。曲作りはPC1台ででき、スタジオや歌手も不要。プロモーションも本人やファンがネット上で行えるためきわめてローコスト・短時間で完成・公開できる。
個人が作ったミク楽曲を、プロを前提にした従来の回収モデルにそのまま乗せてしまうと、あつれきが起きることがある。「ファンが曲を広めたくても、無料で利用できなくなる」「自分が作った楽曲なのに、自由に演奏・利用できない」などだ。
従来のモデルを否定しているわけではない。「レコード会社などが介在すれば、作品のクオリティーが上がり、受け手の幅も広がる」(西尾さん)というメリットもある。「だが、クオリティーに反比例して作品の熱量は下がっていた。今思い立った楽曲をすぐに出すことはできず、権利も奪われていた。知らないうちに自分の楽曲のベスト盤が出ていた、といったことも起きていた」(西尾さん)
ミク曲が挑戦する「無信託」
「楽曲を一番大切に思っているクリエイター自身が曲の権利を保持し、外に打って出れられる選択肢があってもよいのではないか」(佐々木さん)――同社は「無信託」での楽曲配信に挑戦している。
ピアプロで人気が出た曲を、iTunesに配信したり、携帯サイト「初音ミクモバイル」などで着うた配信する際は、基本的に著作権管理団体への信託は行わず、クリエイター本人に曲の権利を残しているという。原盤は同社がクリエイターから預かり、配信会社などと契約しているが、あくまで預かるだけで、権利はクリエイターに残している。
無信託なら、著作権譲渡や信託に関わる手間やコストがかからず、クリエイターも作品を自由に利用できる。ファンが作品を愛するあまり作った2次創作コンテンツが、クリエイター本人ではない「権利者」によって削除されることもない。出版社や管理団体への手数料も不要なため、商品化した際のリターンも望める。
無信託での商用化には、まだまだ課題がある。着うたやiTunes配信ならスムーズに行えるようになってきたが、カラオケ使用や放送使用など特定の分野は、JASRACに信託しなければ利益配分を受けられない。
著作権や利益配分にまつわる課題はほかにもある。ピアプロでは、あるユーザーが作った曲に、別のユーザーがイラストを付け、さらに別のユーザーが動画にするといったコラボレーションが進んでいるが、複数人が関わったコンテンツを商用化する場合、権利をどう扱うか、どう公平に利益分配するかが難しい。
「今は時代の変わり目。明確に“こう”という解決策はしばらくは出ないと思っている」(西尾さん)――長い目で先を見通し、試行錯誤しながら“雪かき”を進めている。
ミクに代わって愛を返したい
クリエイターと配信サイトなどの間に立ち、権利処理をサポートする仕事は、まだ利益が出ていないという。ピアプロにも収益源がないが、「もうけるためではなく、場を作ること自体が目的。“こうじゃないとダメだよね”から逆算して作っている」(伊藤社長)
ミクムーブメントをきっかけに、アマチュアから優秀なクリエイターが生まれ、みんなに愛される作品や商品ができ、クリエイターに感謝やお金という形で適正な対価が還元される――「みんなが幸せになる」(佐々木さん)サイクルを生むことが同社の望みという。「そんな仕組みが実現すれば、収益はきっと付いてくる」(伊藤社長)
ファンがミクにくれる愛を返していきたいと、佐々木さんは話す。「初音ミクがもし実在するとしたら、曲を作ってくれている人に幸せになってほしいと思っているはず。当社はミクに代わってできるだけ、みなさんをサポートしていきたい」(佐々木さん)
「早く裏方に戻りたい」――西尾さんはこう胸の内を明かす。「もともとは音源やソフトを売っていた企業で、われわれは主役ではない。初音ミクも主役ではなく、クリエイターと、クリエイターが作るものが主役。表に出ることが極力減って、みなさんの活躍していける場を整えていければ」
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