「シン・ゴジラ」編集の舞台裏 カメラはバラバラ、画調も合わず……庵野総監督「それでいい」
映画「シン・ゴジラ」制作の裏側には、庵野秀明総監督のこだわりと、それを支える編集環境があったという。Adobe MAX Japanの基調講演で制作者が明かした。
そんなソフトを使うなんてアホか――映画「シン・ゴジラ」の制作に携わった佐藤敦紀さんは、他の制作現場の人からこう言われたという。
9月2日、東京ビッグサイトで開催されたAdobe MAX Japanのゲストセッションで、TMA1 編集・VFXスーパーバイザー佐藤敦紀さんが映画「シン・ゴジラ」の裏話を語った。「シン・ゴジラ」の編集には、日本の映画業界で標準となっているAvid(アビッド・テクノロジー)の編集ソフトではなく、別のソフトが使われたという。なぜか。
佐藤さんにオファーがあったのは2015年1月のこと。15年10月に撮影終了、16年夏に公開予定という短期の制作スケジュールの中、作業は進められた。
佐藤さんがまずやらなければならなかったのは、編集ソフトの選別。日本の映画業界ではAvidの編集ソフトが標準ツールとして確立しているが、佐藤さんは「Premiere Pro CC」を選んだという。編集ソフトの選別条件は3つ。まず、安定性、軽快な反応、使いやすさが優れているということ。次に、ポストプロダクションとのコネクティングがうまくいくということ。そして、複数の人数が使うための経済性、協調性があるかどうかだ。そこで選ばれたのがPremiere Pro CCだった。
「Avidのソフトは業界プロ向けにきっちりと作られているソフトウェアだ」と佐藤さんは言う。フォーマットの作り方からポストプロダクションへの引き渡しなどを含めて全てがよく考えられている。東宝にも、Avidのソフトを用意した部屋が5〜6部屋あるほどだという。
しかし今回はそれを選ばなかった。というのも、シン・ゴジラの撮影現場は、メインカメラである「ALEXA」が3台、キヤノンのスチールカメラが3台(動画撮影も可)、そして総監督である庵野秀明さんのiPhoneが常に同時に回るという環境だったからだ。
Avidはプロ向けとして定評があるが、いろいろな映像フォーマットを全てAvid用に書き出さなければならない制約がある。だからこそ非常に安定して編集できるし、トラブルも起きにくい。一方Premiereは、どんなフォーマットでもだいたい読み込めてしまい、レンダリングなしで再生できてしまう「やんちゃなソフト」だと佐藤さんは言う。
「今回、編集中に『ここに電柱の絵を加えたいんだよね、そのへんでちょっと撮ってきてよ』というようなやり取りが庵野さんと助手の子の間で発生するようなことがしょっちゅうあった。例えば、映像の1カット目は庵野さんがiPhoneで撮影したものだし、iPhoneはたぶん4Kで、ALEXAは2.8Kで撮っているし、わざと違うカメラでバラバラの画調でストーリーが進行していくようにというのが庵野さんの希望だった。東日本大震災のときそうだったように、一歩引いた状態で状況を見守るテレビカメラがあり、市民が撮影した携帯電話のカメラがあり、両方とも映像はきれいだけど明らかに画調は合わない。映画では最終的にiPhoneの映像をメインカメラの画調に若干合わせたが、庵野さんはそれさえしなくていいと言っていた。“やんちゃなソフト”であるPremiere Pro CCは、今思えばそれらと相性が良かった」(佐藤さん)
例えば、これらは作中で「政府」と「巨災対」が織りなす演出の差に表れている。政府側の撮影ではドカンとした安定したカメラアングルを用いたのに対し、巨災対が映るシーンでは、あえて“変なカメラワーク”を意識したという。
撮影ではどんな編集にも耐えられるよう、絵コンテを作った意味がないほどにいろいろな角度を押さえ、あらゆる素材を記録に残した。編集室に送られてくる撮影元データ量はゆうに100TB超え。これは邦画ではありえないほどの素材量で、メインで使用するMac Pro1台、Appleから機材提供を受けたiMac2台、佐藤さんの私物であるMac mini1台の計4台でPremiereを同時に立ち上げ、毎日編集が続いていたという。
「最初のゴジラ上陸から逃げていくシーンまで、全ての時間設定が決まっている。何時に上陸し、何時に会議が行われ、何時にニュースが発表され、何時にヘリコプターが出ていくのか。その全てが設定され、それに合わせて合成部が時計を作る。『戦後初の防衛出動命令が下されました』という場面では、『昼のニュースでも時刻のスーパーは出るよね?』という確認が庵野さんからあり、13時何分かの時間でスーパーを入れた。ジャーナリストとの密会をしているシーンでも、時計の時刻を合わせている」(佐藤さん)
シン・ゴジラの映像の裏には、従来の映画業界の常識に捉われない制作者たちの挑戦が隠れていた。
(太田智美)
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