掛け時計を変えた「2.5D技術」──成熟した商品に新たな可能性を与えたカシオの社内コラボ
カシオ計算機が受注を始めた「2.5D技術を使った壁掛け時計(IQR-2500J)」は、異なる事業部の社内コラボの結果として生まれたという。2.5D技術と壁掛け時計の開発担当者に話を聞いた。
大きな企業になるほど、自社の事業について知っているようで知らないことの方が多いものだ。全く異なる事業領域を担当する社員同士ならなおさらだろう。しかし、いざ話をしてみると「知っていたつもり」が「驚き」に変わり、より魅力のある商品やサービスにつながることもある。
カシオ計算機が受注を始めた「2.5D技術を使った壁掛け時計(IQR-2500J)」は、そうした社内コラボレーションの結果として生まれた商品だ。文字板に模様が浮かぶシンプルな掛け時計ながら、新しい事業につながる可能性を秘めている。
「社内に2.5D技術があることは知っていたのですが、自分たちが作る製品にこれほどマッチしたものだとは想像していませんでした」──こう話すのはクロック(壁掛け時計)開発を担当する北村さん(カシオ計算機 技術本部 開発推進統轄部 プロデュース部 第一企画室)。
2.5D技術とは、熱により膨張するマイクロパウダーを塗布した専用シートにインクジェットプリントし、熱量をコントロールすることで隆起を制御し、立体的な造形をつくる技術のことだ。最大で1.2mmの高低差を表現できる上、カラーインクと組み合わせることで立体的な造形と色の両方を印刷工程で表現できる。
カシオでは2.5Dプリントシステム「Mofrel」(モフレル)(※1)でこの技術を展開してきた。しかし、新しい技術だけに理解を得ることが難しく、「どんな場所でどのように使ってもらうのか、実際の採用に至るまでのハードルが高かった」と植田さん(カシオ計算機 開発本部 イメージング統轄部 イメージング企画部 営業推進室)は振り返る。
そんな時、Mofrelの説明に訪れた先で顧客から「カシオさんでは、この技術をどのように使っているのでしょうか?」と尋ねられ、自社製品での応用という可能性に気付いた。
「カシオは最近まで技術を基礎にした縦割りの会社だったので、隣の部署が何をしているかは知っていても、深く掘り下げられるほどは情報を持ってないことも多いんです。社内で各製品を専門的に企画/開発している部署や担当者にアプローチすることで、より深く掘り下げた議論ができるのではないか。お客さんの言葉でそう気づいたんです」(植田さん)
改めて自社の製品を眺め、最もシンプルに2.5D技術を応用できるジャンルとして狙いを定めたのが掛け時計だった。
掛け時計は基本的な造形はシンプルだが、好みに応じて様々なニーズがある。一方で製品寿命は長く、頻繁に買い換えるような製品ではない。多様性が求められる一方で、個々のニーズに応じた種類を流通させることは難しい。
3Dプリンタを使う方法もあるが、コスト面でのハードルは高い。その点、インクジェット方式で立体表現が可能な2.5D技術ならデザインの自由度と生産性の両立が可能になる。
当然ながら、2.5D技術の特長と良さを知るのは、その技術開発を行ってきた開発者たち自身だ。2.5D技術のプロジェクトチームは考えられるだけのアイデアで様々な掛け時計の盤面デザインを作り、実際にプリントした上で北村さんの元に向かった。
約100種類のサンプルに驚き
「通常、掛け時計に立体的な造形を加えるためには金型を作ってプレス加工する必要があります。しかし生産数が多くなければ金型のコストが回収できません。その点、2.5D技術を使って画像データを作成すれば、そのままプリントアウトするだけで時計の文字板ができる。小ロット多品種の商品に向いているとは認識していました」と北村さんは振り返る。
しかし、まさか最初の打ち合わせで約100種類ものサンプルが持ち込まれるとは想像していなかった。
「サンプル数には驚かされました。通常、掛け時計のデザイン検討を行う際に、これほど多くのサンプルを比較できることはまずありません。しかも普段、掛け時計の商品企画をしている我々は考えないようなデザインが多かった」(北村さん)
そこには鮮やかな色で描かれた模様、動物の形が文字板に浮き上がって見えるもの、あるいは畳やレンガの質感を再現したものなど、これまでにない様々なデザインがあった。
掛け時計はシンプルなデザインの商品が多い。モデルごとの生産数を一定以上確保しなければならないため、個人の趣味趣向に左右されないデザインが選ばれやすいことも理由の1つだが、インテリアとの親和性を意識した場合、色彩が強い掛け時計は好まれにくい。
しかし、その自由度の高さと想像以上に大きな凹凸が出せることは十分に伝わった。
2019年、すぐにこの技術を用いた掛け時計を企画しようとチームが組まれ、まずは基礎となる定番モデルの開発を始めた。ここで掛け時計を知る北村さんのノウハウと意見が出され、両部門のコラボレーションが始まった。すぐにコロナ禍に突入したが、週に一度はオンライン会議で話を進めたという。
北村さんが求めたのは、さらなるコストダウンだった。掛け時計の盤面に使うなら1.2mmもの凹凸は必要ない。そこで2.5D技術のプロジェクトチームは0.6mmと従来の半分の高さながら大幅にコストダウンした新しいシートを開発した。
一方で実際に作ってみると2.5D技術と掛け時計の組み合わせが想像以上に良いことを2.5D技術のプロジェクトチームも感じ始めていた。2.5D技術を耐久消費財に応用するには防水性を高めるオーバーコートなどの工夫が必要になるが、最初からガラス製等の風防でカバーしている掛け時計ならそうした追加の加工は必要ないからだ。
定番3製品の先に見据える新しい可能性
両部門のコラボレーションは、3種類の掛け時計という形で結実した。枯山水を表現した模様、木の肌の質感を伝える木目調、そしてロココ調のレリーフデザイン。シンプルで存在を主張することはないが、光の当たり方で様々な表情を見せる、味わい深い盤面になった。
2.5D技術のカラープリントを使わず、白一色で仕上げたのは、掛け時計は個人の嗜好(しこう)に依存しない白い盤面が好まれるため。彩色はチャレンジの要素が強いため、まずは定番の白一色を販売する。
もちろん今回の3製品はゴールではない。2.5D技術と掛け時計の組み合わせには様々な可能性があると北村さんは話す。彩色の他にも「インテリアの一部として考えた場合、照明との組み合わせで目を引く表現も可能です」(北村さん)。
立体的な造形で数百個レベルの少量生産にも対応できる2.5D技術。潜在的なパートナー企業にその技術や特長に対する“気づき”を提供する意味でも今回の3製品には大きな可能性があると2人は期待している。今回の製品で発展の可能性が見えてくれば、いずれはインクジェット方式を採用する最も大きな利点である多品種・少量生産を生かした自由度の高い商品展開ができるかもしれない。
※1:生産終了済み
提供:カシオ計算機株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia NEWS編集部/掲載内容有効期限:2021年12月31日
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