「会社としてやれることは限られている」 それでもセールスフォースのユーザーコミュニティーが成長し続ける理由
カスタマーサクセスの一環として注目を集めるユーザーコミュニティー施策。うまく自走させられない企業も多いが、成功した企業はどんな工夫をしているのか。コミュニティー間で4000人規模のイベントも開くセールスフォース・ジャパンに聞く。
SaaSやサブスクリプション型サービスの普及に伴い、既存顧客の成功を支援することで利用継続などにつなげるカスタマーサクセスの考え方が浸透してきた。この文脈で注目を集めるビジネス施策の一つがユーザーコミュニティーだ。
ひとたびコミュニティーが自走しはじめ、その参加者たちの熱量が波及するようになると、ユーザーの熱意は拡大・活性化し、結果としてサービスの利用者も増えていく。こんな効果を期待してユーザーコミュニティーに挑戦するSaaS企業も増えてきている。
しかし、コミュニティーが盛り上がらない、具体的な成果につながらない、そもそも立ち上げがうまくいかないなど苦心しているケースも多い。一方で、実際に好循環を生み出している成功例もある。セールスフォース・ジャパンのユーザーコミュニティー「Trailblazer」もその一つだ。
同コミュニティーでは、数千人が参加するイベントを開催し、ユーザーの熱意を高めることなどに成功しているという。ユーザー間の盛り上がりを高め、維持できるコミュニティー運営には何が必要なのか。同社の宮田要専務執行役員(カスタマーサクセス統括本部 統括本部長)によれば「会社としてやれることは限られている」という。
重要なのは横のつながり Trailblazerコミュニティーの全容
Trailblazerは、直訳すると「開拓者、先駆者」という意味だ。現在、日本国内のTrailblazerコミュニティーには、同社が運営母体となる13のユーザー会と、ユーザーやパートナー企業が主体となる21のコミュニティーがある。会社主導のユーザー会は2010年、そうでないコミュニティーは17年に発足した。
ユーザー主体の後者では、Trailblazerとして認められたコミュニティーリーダーたちが主催し、勉強会、交流会などのイベントを実施している。製品、地域ごとのコミュニティーに加え、女性ユーザー向けのコミュニティーなどもあるという。
管理運営に当たっては、ユーザー同士の横のつながりを重視していると宮田専務。ユーザー主体のコミュニティーに対しては、ベンダー側からちょっかいを出しすぎないよう注意しているという。
「Trailblaizerが成功するには、スキルだけでは不十分。当社としては、コミュニティーを通じて周りとのコミュニケーションを深め助け合える環境を提供していかなければならない。当社から一方的に情報を届けるのではなく、ユーザー同士の情報交換によって、ユーザー自身で前に向かって進んでいけるような状態を目指している」
発足時最大のハードルは「リーダーを誰にするか問題」
ベンダー対ユーザーという構図ではなく、ユーザー同士のつながりを重視するTrailblaizer。しかし設立初期には多くの課題もあった。中でも「コミュニティーリーダー(=中心人物)を誰にするか」という問題は、ユーザーの横のつながりを重視する上でも課題になったという。
コミュニティーとは本来、参加メンバー各員が主体的に動き、それぞれが目的を持って場を作ることが理想的だ。円滑な運営には、リーダーがコミュニティーのビジョンや方向性を示して目的を明確にし、メンバーに自身の熱量を伝えてモチベーションを高めつつ、その主体性を維持していくことが求められる。
つまり最初から熱量が高く、メンバーのモチベーションも高められるようなリーダーの選出が必要なわけだ。セールスフォースの場合、すでに同社主導で開催していた勉強会の参加者からリーダーを探すことで対応したという。
「『同じ方向を見ている人』『伴走できる人』を基準に選定した。大企業だから、役職者だから、という企業目線の基準ではなく、パッションや熱意が重要。ワンマンにならず、他のユーザーにも知ってほしい、もっと使ってほしいという強い思いを持つ人が向いていると考えた」
本社CEOとの面談も ユーザーの熱量を維持する工夫
ユーザーの熱量を保ち続けるための施策も必要だ。Trailblazerに対しては、セールスフォース側から接触の機会を増やしたり、親密度を高める工夫をしたりしているという。例えば洋服などのグッズを贈呈したり、特に優れたユーザーを「Salesforce MVP」として選出したり──といった具合だ。
ユーザーとの親密度を高められるよう、本社と連携することもある。4月にマーク・ベニオフCEOが来日したときには、MVPとの個別面談を実施。サービスの課題や要望などを直接伝える機会も設けたという。
結果として、数千人が参加する大規模なイベント開催にもつながった。日本法人は例年、業種も規模もさまざまな企業がSalesforceの活用事例についてプレゼンを行い、チャンピオンを決める「Salesforce全国活用チャンピオン大会」(SFUG CUP)を開催している。
2011年の発足当初は十数名ほどの規模だったが、コロナ禍を受けてオンライン参加も可能となったこともあり、21年には4000人規模にまで拡大。参加企業の業種も広がりつつあるという。
「ユーザー主体の取り組みにKPIを課すのはおこがましい」
大規模イベントの開催など、成長を続けるTrailblaizerコミュニティー。とはいえ、そもそもユーザーコミュニティー施策はカスタマーサクセスの一環だ。手間を掛けて運営しているからには、当然ながら解約率の低下などといった効果が求められる。しかし「ユーザーが主体となるコミュニティーに対してKPIを課すという考え方は、そもそもおこがましい」と宮田専務。解約率低下などの具体的な成果をユーザーコミュニティーに求めることはしていないという。
ただしイベントや定例会の回数、その参加者、オンラインコミュニティーへの投稿数、ユーザーが作成した資料のダウンロード数などは確認している。数値が大きく落ちたときなど、場合によってはてこ入れもするという。
あくまで会社側はコミュニティー活動をサポートする立場であるべきと宮田専務。セールスフォースからユーザー主体のコミュニティーへの干渉も、基本的にはイベントのテーマのアイデアを提供したり、他のコミュニティーやグローバルでの取組み状況に関する情報を共有したりと、相談に乗る程度にとどめているという。
一方で、最近になった生じた課題もある。コロナ禍によって、従来のようなオフラインでのイベントやミーティングが行いづらくなったことだ。これにより、コミュニティー活動が停滞してしまうケースもあるが、セールスフォースとしてはオフラインへの回帰に向け、アドバイスなどを提供していく方針だ。
「コミュニティーが活発になればなるほど、ユーザーはサービスに関するより多くの情報が得られ、ファンも増えていく。結果として、1日でも長くサービスを利用するユーザーが増えていく、という発想になる。コミュニティーが自走していくには、ユーザー自らが自由にテーマを設定していろんな形で人を増やしていけるよう、参加したいという思いを持つ人たちを受け入れることが重要。会社としてはそのために必要な支援やヒントを提供するというスタンスになる」(宮田専務)
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