「話をするだけで病気が分かる」 世界中が声のバイオマーカーに注目 立ちふさがるのはプライバシーの壁:プラマイデジタル
数年前から声の調子から気分や病気を診断するサービスやソフトウェアが登場している。「話をするだけで病気が分かる」そんな夢のような技術の前に、プライバシーの壁が大きく立ちはだかっている。
久しぶりに親に電話をかけたらどこか声に元気がない。「どこか調子が悪いの?」と聞いても「何でもない」という返事しか返ってこない。けれども、こうした何気ない会話から病気が分かる、そんな日がもう間もなくやってくるかもしれない。
声から病気や心の状態を分析するサービス 国内企業から続々登場
声の調子から気分を分析するサービスやソフトウェアは数年前から登場している。その一つ「Motivel」は、声をAIで分析してモチベーションを解析するサービスだ。アプリに5秒ほど話かけると、現在の状態とこれから先の活動意欲や集中力などをグラフで可視化してくれる。
同じく、「MIMOSYS(Mind Monitoring System=ミモシス)」も声から心の状態を分析するソフトウェアで、アプリに表示される文字を録音すると、“元気圧”という指標によって現在の気分が可視化される。
定期的に計測すると直近2週間の気持ちの変化が“心の活量値測”としてグラフで可視化でき、自分でも気が付かない気分の上がり下がりが見えるようになる。無料アプリでかんたんに分析を試してみることも可能だ。
MIMOSYSは、音声病態分析感性制御技術「PST:Pathologic condition analysis and Sensibility Technology」をベースに、大学や医療機関と共同研究を行っており、声をバイオマーカーとして病気を判別する”病態サーチエンジン”の「VOISFIA(ボイスフィア)」を開発している。
VOISFIAは収集した患者の声を分析し、それぞれの病気ごとに声の特徴を見つけ出し、診断する技術で、メンタルと直結するうつ病以外にも、認知症、パーキンソン病などを見分けられる。最近では、電話の声で認知症を分析する「脳の健康チェックフリーダイヤル」も登場している。
フリーダイヤルに電話をかけて流れるガイダンスに20秒ほど回答するだけでチェックでき、93%の正分類率がある。APIに使用されているのは、DeNA子会社の日本テクトシステムズ(東京都港区)が開発する認知機能みまもりAI「ONSEI」で、認知症以外にも日々の健康を一緒に管理できるアプリを使ったサービスを、自治体や介護事務所などの団体向けに提供している。
スマートスピーカーとの高い親和性 世界中の企業が注目
こうした声をバイオマーカーに健康状態や病気の傾向をAIで分析する技術は、数多くの研究開発が行われている。そのサービス化に関しては、音声コントロールができるスマートスピーカーが登場したころから始まっている印象がある。
スピーカーを操作するコマンドはいわゆる定型文に近く、毎日使われるのだから、それを分析すれば気分や病気の傾向も分かるのではないか、というアイデアに世界中のスタートアップが取り組んでいる。
ドイツで音声バイオマーカーを開発するEVOCAL Healthは、さらに、心血管疾患や呼吸器疾患、神経変性疾患、精神疾患と直接相関する人間の声のさまざまな特徴を研究中。患者の声データを収集し、監視や分析が可能なデバイスに依存しないプラットフォームを開発している。患者の声を分析することは、これから普及する遠隔医療において役立つとしている。
同じくドイツで音声AIの研究を20年以上行っているaudEERINGは長年の研究から、内蔵の機能変化や病気が、声帯や舌、頬の筋肉に与える影響に注目し、発話機能から病気を分析する研究に力を入れている。声のイントネーションやテンポから、最も影響を受けやすい脳の状態の分析をはじめ、COVID-19の発症を検出する研究では最高で82%の精度を達成している。
同社の技術は主にゲームのテストやヘルスケア分野で使用されていたが、現在は医療分野へも広がり、オープンソースの音声分析ツールキット「openSMILE」も提供している。さまざまな場所で使用が広がっており、救急関連の利用では30秒だけだが救急活動を速められたとしている。脳溢血など病気は数秒の遅れが命取りになることから、救急電話で病気が診断できれば救える命が増えるかもしれない。
イスラエルのVocalis Healthは、声からCOVID-19をスクリーニングするソフトウェア「Vocalis Check」を開発し、EUの製品安全基準のCEマーキングに適合したこともあって注目されている。インドのCOVID-19センターで行われた大規模な実験結果によると、81.2%の精度が得られたとしている。
Vocalis Healthと共同研究を行っている米国の米国にある総合病院のメイヨークリニックは、声から患者の心臓の健康状態を明らかにできるかテストしている。特定のバイオマーカー向けにトレーニングされたAIは、どの患者が動脈を詰まらせる可能性が高いか、正確に予測することができるところまで精度が高められており、開発した専用アプリで実際の救急搬送の診断などに応用できるかを試しているという。
声の収集に立ちふさがる、プライバシーの壁
一方で、こうした声をバイオマーカーに利用しようというビジネスには、プライバシーの壁が大きく立ちはだかっている。
声を分析するのであれば、普通に電話をしている会話を分析する方が自然な声を収集できて、精度が高まるように思える。しかし、プライバシーの面から定型文を読み上げる方法にせざるを得ない場合もあるようだ。
咳を分析して肺がんの早期発見につなげる技術を開発していた英CanAIryは、Alexaのスキルとしてソフトウェアを提供することで、病気を発見できる確率を高めようとしていた。しかし、実用化のために資金を集めようとしていた2019年ごろから、スマートスピーカーを使用しないときも音声を集めていることが問題視されるようになり、現在はサイトを閉鎖している。
とはいえ、このようなプライバシー問題は、これから日本で採用が始まるPHR(パーソナルヘルスレコード、各病院が持つ個人の医療情報を本人が把握するための仕組み)の取り扱いに関する議論が進み、ルールづくりやセキュリティ対策ができるようになればクリアできる可能性は高い。
音声をバイオマーカーにした診断は低コストで非侵襲(体を傷つけない)でもあることから使いやすく、ヘルスケア分野から活用が広がり、浸透するようになることを期待したい。
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