なぜ人々は、ChatGPTという“トリック"に振り回されるのか? Google「Bard」参戦、チャットAI戦争の行方:清水亮の「世界を変えるAI」(3/8 ページ)
OpenAIが2022年に発表した対話型AI「ChatGPT」の衝撃は、米国ビッグテック最強の一角であるGoogleを動揺させた。Googleは急ぎ「Bard」と名付けたチャットボットを投入し、巻き返しを図る。
「向こうの部屋にいるのは女か、女のふりをした男か、それとも女のふりをする人工知能か?」
コンピュータ黎明期に多大な貢献を果たした人物の一人に、アラン・チューリングという人物がいる。チューリングの貢献がどれほど重要なものであったか、この業界の人なら知らぬものはいない。コンピュータの世界でのノーベル賞に相当するのは、アメリカ計算機科学会(ACM)のチューリング賞であることからもその功績がうかがえる。ちなみにルカンはチューリング賞受賞者である。
チューリングが晩年行った研究テーマのひとつは、非常に奇妙な空想実験だった。彼はこれを「イミテーション・ゲーム」と名づけた。
部屋が3つある。1つの部屋には審判となる人間が入り、2つの部屋には女性と、男性がそれぞれ別々に入る。審判の部屋と男性の部屋、女性の部屋はそれぞれが独立したテレタイプ端末、要はキーボードとプリンター(ディスプレイ)が接続されており、審判にはどちらの部屋に女性が入っているかは明かされない。
審判は2つの部屋と別々にテレタイプ端末で筆談をしながら、相手が本物の女性かどうか判定する。男性は女性のふりをして審判を欺(あざむく)くよう言われる。
審判が、女性か男性か筆談のみで見分けることができる確率をXとしよう。次に、この女性のふりをする男性を、女性のふりをするロボットに置き換えてみる。
再び審判は部屋にいるのが男性か女性かロボットかを知らされずにテレタイプ端末で筆談を行い、相手が本物の女性かどうか判断する。この確率をYとしよう。
このとき、本物の人間の男性が女性を演じているかどうか見分けることのできた確率Xと、ロボットが女性を演じているかどうか見分けることのできた確率Yが近づけば近づくほど、ロボットは人間の男性と同等の思考能力を持っていると考えられる。つまり、人工知能は完成したといえるわけだ。
このゲームは、ゲームというよりもむしろロボットが人間並みの思考能力をもっているかどうか判定するためのテストにイメージが近いため、現在では単に「チューリング・テスト」と呼ばれる。
ちなみにチューリングテストの重要な点はもう一つある。もしも人間の男性が審判を欺く確率Xを、ロボットが審判を欺く確率Yが大幅に上回ったとしたら、そのロボットは人知を超えた存在であるということになる。すなわち、シンギュラリティが達成されたというわけだ。
では、ChatGPT、もしくはBard、はたまたBingは、果たしてシンギュラリティを達成するのだろうか。少なくとも、世界中の人間がChatGPTを見てパニックに陥っている。人間の仕事はいよいよ奪われてしまうのではないか。もうとっくに、AIのほうが人間より賢いのではないか、と。
もちろんそんなことはない。というか、人間の賢さを現状のChatGPTやその延長線上にある技術が追い抜くのはまず不可能である。ミニ四駆だけを見て「人間が走る必要はなくなった!」と言っているようなものだ。依然として、遅刻寸前になれば人間は走る必要に迫られるのである。ミニ四駆はたしかに早いが、人間を高速に移動させてはくれない。
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