将来は「脳と結合するARグラス」も――XREAL創業者×SF作家が語る未来の“リアル”:SFプロトタイピングに取り組む方法(3/3 ページ)
未来では、AR技術で「無数のリアリティーのバージョン」が存在する――ARグラス「XREAL Air」を世に送り出したXREALの創業者はこう語ります。SF作家とテクノロジーの未来について語った様子をお届けします。
未来のARグラスは「脳と結合」? それでも“代替できないもの”
大橋 未来のARグラスはどうなっているのでしょうか?
ペン・ジン 5〜8年後には、人の脳波をキャッチする接触型チップを目にすることになると思います。脳波を処理し、ARグラスに映し、簡単な指令を出すことができるでしょう。私はこの未来の姿に肯定的です。未来のARグラスは、先ほどお話したデジタル生命体やリアリティーのレンダリングを描くことになるでしょう。また、発展の方向性としては、脳との結合になると考えています。
空木 私個人としてはそういう世界を見てみたいですね。世界の見え方そのものにオプションがあるというのはワクワクします。あと、ARを用いることで、人と会うことが苦手な人や照明がまぶしすぎて辛くなる人には周囲の景色が見えないようにする、ぼかすといったことも可能になると思います。
ペン・ジン その意見に賛成です。テクノロジーは人をリラックスさせるものです。見ることがつらい人に対して強制的に見せるものではありません。選択肢を作ることが重要です。
空木 人間は視覚に限らず、得られる情報のキャパシティーに上限があると思っています。新しい情報を入れることで抜け落ちる情報もあります。
ペン・ジン 人はとても複雑な生き物です。人は未来の到来とともに変化します。テクノロジーは人の認識、性格に大きな影響を与えています。そこは未知数の世界であり、完璧な回答は持っていません。
一ついえるのは、私は未来のさまざまな変化に期待しているということです。その変化がわれわれにとって不慣れなものや、受け入れがたいものであるかもしれません。しかし、変化そのものにはそれなりの合理性があったうえで存在すると思っています。
われわれは変化を許容していく必要があります。今の人間のテクノロジーへの依存度は50年前と比べて格段に高まっており、われわれは半分ロボットになっていると言ってもいいかもしれません(笑)。私たちの身体は生物学的の姿ですが、一部ではロボット化されています。
大橋 僕たちはスマートフォンなしでは生きていけない。確かにロボット化されていますね(笑)。
ペン・ジン しかし、人は霊的な動物なので、テクノロジーに代替されないものが心のうちにあると私は考えます。未来はテクノロジーで発展しますが、決してテクノロジーに取って代わられるべきではありません。
人間中心の未来へ 「テクノロジーも霊性を発揮できる」
大橋 ペン・ジンさんの会話には「霊的」という言葉が出てきます。それは中国的な思想なのでしょうか?
ペン・ジン 私が中国人だからではありません。私が人を観察したことによる考え方です。私は米国などさまざまな国で何年も過ごしてきました。人という生き物は心の中に一種の美しい野望を持っています。私が言う霊的なものとは、人がモノに触れるとき、感動を覚えるようなものです。
例えば、あなたが知らない人を助けるとき、あなたは相手にエネルギーを注ぐはずです。そのエネルギーによって2人の間にエネルギーの共鳴が生まれる。それこそが人が存在する最大の意味だと思います。
空木 その発想はとても東洋的だと思います。日本では八百万(やおよろず)の神という考え方があり、存在するもの全てのモノに神が宿り、精霊がいると考えていますし、モノに限らず人と人との関係にも精霊が存在すると考えられています。
ペン・ジン 私個人は万物に霊性があるという考え方に賛成です。私も人に限らず、全てのものは霊的であると考えます。人は霊的な表現が豊かです。テクノロジーの発展や人と人との関りを考えたとき、往々にして人の方が霊性を発揮すると思います。そしてテクノロジーもまた、霊性を発揮することができると思います。
これは私個人の観点ですが、日本文化の万物に霊性があるという考え方は、人は常に自然との融合を望んでいるからだと理解しています。人は自然と一体化することで多くのことを感じることができます。万物に霊性があるのか、それとも自分の心がきれいな状態だから霊性を感じることができるのか? 個々の見解はあると思いますが、霊性があるという状態は一緒だと思います。
大橋 そのような思想でテクノロジーを開発するというのはとても面白いですね。
テクノロジーと聞くと、デジタル中心の、それこそ人間をロボット化するように思ってしまうのですが、ペン・ジンさんは人間を中心に見ている。さらに言うと人間の心を中心として考えているとよく分かります。そんな人が夢見る未来は、とても豊かな世界の創造なんだろうということが感じ取れました。
最後の質問です。ペン・ジンさんはSFはお好きですか?
ペン・ジン とても好きです(笑)。革新的なテクノロジーの開発を行う多くの人が持つアイデアはオリジナルなものではなく、想像力にあふれた作家や映画監督によって実はどこかの作品の中で、私たちに未来への期待の種をまいているものです。私たちはそれらをテクノロジーの力で表現化したにすぎません。
空木 ペン・ジンさんもお話しされていた通り、“ヒト”は生物に限らず耳で聴き、肌で感じ、そして目で見る・観る・視るという行為を通して「モノ」に接します。その際、それらのモノの中に、あるいはモノと自身との関係性の内に霊性を感じ取る生き物だと私も思います。
AR技術の進歩によって視覚情報に新たなレイヤーが設けられる、つまり「“そこにないモノ”が見える」ようになれば、きっと、ヒトはそれを「そこにない」と十分に理解しつつもなお、そこにないモノにさえ霊性を見いだすことになるでしょう。霊性を見いだすという言葉を「イマジネーション」という言葉に置き換えても構いません。
もちろん、それらは既存のメディアについても同じことがいえます。映画や小説の中の人物や物事にも、われわれは霊性をいだしているはずです。しかしARがそれらと異なるのは、視覚を占有しない点だと思います。映画を見ながら他のモノを見る、ページに記された文字を見ずに小説を読むといったことは不可能です。しかし、AR上に展開されるさまざまなオブジェクトは視界を占有することなく、他のモノを見ることとの同時性とでも呼ぶべきものを提供してくれます。
つまりは、“そこにあるモノ”と“そこにないモノ”、あるいはそこにないモノ同士をさまざまな組み合わせで見る・観る・視ることが可能になるのです。となれば、ヒトとモノとは自然に、これまでになく複雑な関係性を結べるようになるでしょう。そして、ここまでの話を踏まえれば、それは新たな形のイマジネーションをヒトの中に生じさせることになるはずです。
AR技術の進化の先にあるのは、単なる情報の増加ということではなく、ヒトの想像力というもののありよう自体に根本的な変革をもたらすものだと思います。
大橋 最後にペン・ジンさんからメッセージをお願いします。
ペン・ジン このインタビューは、これまで受けたインタビューと異なります。今までは会社の製品や戦略について聞かれますが、今日は未来を一緒に探索する時間を持てました。とても楽しい時間を過ごすことができました。
大橋 ありがとうございました。
Apple創業者のスティーブ・ジョブズが瞑想を取り入れていたことは有名な話です。世界的テック企業が「霊性」という言葉を使うのは驚くかもしれませんが、東洋思想の一つである森羅万象の考え方を持つ日本人には理解できることだと思います。
取材ではXREALのARグラスを体験させていただき、興味深いショートフィルムを何本か見せていただけました。また、ペン・ジンさんの中国語をXREALのスタッフに通訳していただきました。
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