AIが研究の現場を根底から変えつつある。論文を書くのも、プログラムを組むのも、新しい発見の糸口を探すのも、今やAIが担う領域は急速に広がっている。この変化のなかで研究者は何をすべきか。大学と企業はどう手を結べばよいのか。
さくらインターネットの田中邦裕社長が、メディアアーティストで筑波大学教授でもある落合陽一氏と、AI for Scienceの最前線から産学連携、ITインフラの未来までを語り合った。
研究者は、AIが生む膨大な成果の「評価機」になる
研究室ではAIが自律的に実験を繰り返す「自動研究」が現実のものとなっている。落合氏のラボでもさまざまな分野で自動研究をしているという。
落合: 自動研究、楽しいですよ。うちのラボでもよくやっています。ゼミを持っているような気分です。最近だと、人工生命のシミュレーションやビジュアル表現の探索、あとはエスノグラフィー(行動観察)で得られた膨大なデータの構造化などをAIに任せています。
前日に依頼しておくと、翌朝には50〜60個ぐらいの成果物ができています。コンピュータグラフィックスの分野などでは、AIが予想外に面白い表現を出してくることもありますね。僕が「これとこれは良い」と評価すると、翌日はさらにその方向へ探索が進みます。このやり取りを繰り返すうちに、自分自身がAIのアウトプットを選別する「評価機」になってきている感覚があります。
田中: AIが自律的に探索を続けてくれる時代において、これからの研究者の仕事に求められるのは何だと思われますか。
落合: 「これが面白い」と決める能力だと思います。研究者として良しあしを見極めたり、探求の矛先を探ったりすることです。僕は「レコード針のような人生」と呼んでいます。レコード針みたいに、良い音がするようになぞって、たまにノイズを拾いながらガーっと進む。そういう、感度を高く持って面白いものに寄っていく作業を、どうやったらできるかなって最近は考えています。
“味わい”のある論文が生き残る 研究の質はどう変わる?
田中: プロセスが変わることで、研究や論文の質も変わってきそうですね。
落合: AIを使って誰でも科学的インパクトのある論文を大量に作れるようになりました。そんな時代に残るのは、“味わい”のある論文だと思うんですよ。
田中: おお、なるほど。味わいの裏には何があるんですかね?
落合: 人類の興味に対する普遍性、100年後の人類が読んでもこの論文は面白いか、ということだと思います。今まで課題だと思われてなかったことを解いたり、新しい課題にチャレンジしたりといったことです。研究者は、自分がこれまで関心を持ってきたテーマの近傍しか探索しない。その近傍以外を探索するなら、AIの方が文脈を無視した新しい研究を沢山できます。
田中: 研究者が絶対に見つけない、全く関係のない研究同士の組み合わせもAIなら見つけられますよね。バタフライエフェクトのようなことが起こる。そう考えると、研究の仕方はやはりこれから変わってきますよね。
落合: すごく変わると思います。身近な例で言うと、学生の中には、自分で一から文章を書かずにAIを活用して卒業論文や成果をまとめるケースも増えてきました。コンピュータサイエンス分野なのに、誰もプログラムを自分で書かなくなった。発見そのものをAIとの壁打ちで見つけています。
田中: 共通するのは「研究活動のコストが下がった」ということですよね。AIによって100時間かかっていた研究が1時間で済むようになった今、浮いたリソース分をかけて研究したらもっとすごいものが出てくるかもしれないですね。
計算資源を“思い切り使う”ことで生まれる新しい表現
対談は、研究を支える「計算資源」の話題へと移る。落合氏は、VJ(ビデオ・ジョッキー/ビジュアル・ジョッキー。DJの映像版)の素材を全てLLM(大規模言語モデル)に生成させた際のエピソードを披露した。
落合: 僕VJもやってるんですけど、この前VJで使う動画を全コマLLMに作らせたら、ほぼ圧縮が効かなくて。1時間のライブで使う素材が1テラバイトになったんですよ。
田中: マジですか(笑)
落合: でも、良い意味でわけの分からないビジュアル表現になったんですよね。
田中: コンピュータサイエンスとITインフラの未来ってそこにあると思っていて。計算資源を思い切り使ってもらわないと、我々のようなインフラ会社の価値も広がらない。もともとは静的コンテンツで十分だったものが参加型や生成型に進化してきた。コンピューティングの3要素であるストレージ、プロセッシング、ネットワークという計算資源を、いかに高度に、創造的に使ってもらえるかが成長につながる。落合さんみたいに、「フレームごとにビジュアルが全然違うすごい動画ができたぞ」っていうのはウェルカムなんですよ。
落合: AIを単なるコストカットのために使うと、面白いことはできないですよね。研究を無限に広げていく方向に、計算資源を使いまくってほしいですね。
「みんなで面白いものを作る」産学連携の形
研究を加速させ、計算資源をフル活用して生まれた「面白いこと」をどのように社会に届けていくか。その有力な選択肢の一つが産学連携だ。
田中: 落合さんはこれまで数多くの産学連携プロジェクトをされてきましたよね。産学連携を意識し始めたのっていつ頃ですか?
落合: 博士課程ぐらいの時ですね。アメリカのMicrosoft Researchで働いていた時に、当時の同僚が取り組んでいた研究の成果が、新しいプロダクトとして世に出てきたんですよ。多分そいつは普通に論文書いているだけだったのに、ちゃんとプロダクトになったことに感動しました。「これが産学連携のあるべき姿だよな」って思いましたね。
田中: 研究って、学校の中だけでやるには限界があるときもありますよね。例えばネット系の研究は実際のトラフィックを扱っている現場でないと取り組めません。ITインフラで言うと、クラウドのスケーリングやCDN、サイバーセキュリティもそうです。ローカル環境にはリアルなサイバー攻撃は来ないので、研究の質を上げるためにも民間企業と一緒にやっていくことは重要だと思います。
落合: 理想的な形で言うと、僕の研究室とメーカーが共同開発した「透明字幕ディスプレイ」が良い例かもしれません。音声をリアルタイムに翻訳、文字起こししてディスプレイに表示するプロダクトです。学生が粘り強くいろいろなところに持って行って実証実験を重ねて、今ではさまざまな窓口や公共施設で使われています。ニーズの掘り起こしから普及まで、産学連携がうまく機能しましたね。
田中: 大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「null2」も産学連携で生まれたんですよね。
落合: あれも「産学連携オブ産学連携」です。中核技術は学生なしには実現できませんでしたし、パビリオンの外装を覆う特殊なミラー膜はメーカーとの共同研究でつくり上げました。
田中: 産学連携を成功させるためのポイントはどこにあると思いますか。
落合: 権威を借りるのではなく、「みんなで面白いプロダクトを作る」という純粋な目的を目指すことだと思います。
田中: 企業だとどうしても「儲かるか、儲からないか」からスタートするけど、結局消費者って面白くないと買わないですもんね。企業だけでは生み出しにくい、見たこともないような新しいもの、未来の面白さを作ることこそが産学連携の価値ですよね。
計算資源のこれまでの30年、これからの30年
対談の最後に2人は、さくらインターネットの創業30周年に絡めて、これまでとこれからの30年について語り合った。
田中: 当社は2026年12月23日に創業30周年を迎えます。30年という年月を、落合さんはどのように振り返られますか?
落合: 僕は30年前にコンピュータを触り始めました。Windows 95をカチャカチャ触って、ピーヒョロロとか言いながらダイヤルアップ接続して。PCのメモリは64MBぐらいだった気がします。
田中: PCに搭載されるメモリは64MBから128GBに、回線速度は56kbpsから56Mbpsに、1桁違いに拡大しましたよね。
落合: 学生の頃に「テラバイトの時代なんて一瞬で来る」と言われましたが、本当に一瞬でしたね。今ではペタバイト級のデータを普通に扱っています。
田中: さくらインターネットは個人向けホームページサーバーから始まり、Web 2.0期にはネット企業が、ディープラーニングの台頭では研究者が顧客になりました。ここ3年はガバメントクラウドの分野にも取り組んでいます。お客さまの範囲は広がってきたかもしれませんが、挑戦する人たちが思いきり挑めるようなITインフラ環境を提供する。その役割は、この30年で一度も変わっていません。
「変わらない本質」があるからこそ、研究者や企業は安心して新しいことに挑戦できる。テラバイトが一瞬で日常になったように、これからも社会は想像を超える速度で変化していくだろう。AIが膨大な可能性を生み出す時代に、人が何を面白いと感じ、どこに価値を見いだすのか、という観点は重要になる。
研究者と企業が手を取り、まだ名前のない面白いものを探し続ける。さくらインターネットは、これからもその挑戦を支え続ける場であり続ける。
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