クールジャパンの失敗は生かされず? 経産省肝いりで始まった後釜施策「IP360」の光と影:まつもとあつしの「アニメノミライ」(5/5 ページ)
2033年までにコンテンツの海外売上20兆円──政府がコンテンツ大型支援策「IP360」を始動させた。だがDeNAへの15億円補助が報じられるや、SNSは「勝ち組へのばらまき」と批判が殺到。同じころ、国立映画アーカイブはクラファンに踏み切る。稼ぐ企業に補助、文化基盤はクラファン。その対比の手前で、いま何が問われているのか。
公的な反省を待たずに走り出した「IP360」
ここに、IP360を巡る順序の問題が浮かび上がる。クールジャパン機構の失敗について、十分な反省も、責任の所在の検証も、過去の清算も済まないうちに、次の大型策であるIP360が走り出してしまった。前の官民ファンドが「なぜ失敗したのか」を国民が納得する形で総括し、そのうえで「だから今度はこう変える」と示す。その順序を踏んでいれば、IP360への信頼はずっと厚くなっていたはずだ。もちろん機構の10年を当事者の視点から検証する論考もある。だが、そうした個別の振り返りは、国としての公式な総括に代わるものではない。
もちろんIP360の設計には、過去への反省と読める工夫が随所にある。出資ではなく補助、マッチングによる自己負担、ROIベースの客観審査、収益納付ルール。いずれも、機構が陥った「目利きなき投資」「責任の不明確さ」への処方箋に見える。清算を済ませ、総括を公に旗印に掲げてからのIP360であれば、「掛け声」は「信頼」に変わっていたかもしれない。
では、なぜその順序を踏めず、現在も各所から違和感が表明されるのか。問題は個々の制度の出来不出来ではなく、攻めと守り、過去と未来を貫いて全体を差配する組織が、そもそもこの国に存在しないことにあるのではないか。
鍵を握る「司令塔」
コンテンツ政策の「ちぐはぐ」は、攻めと守りの温度差にとどまらない。そもそも、この国でコンテンツを所管する役所は1つではないのだ。産業振興と海外展開の経済産業省、文化・著作権・保存の文化庁。そこに、内閣府の知的財産戦略推進事務局、放送を扱う総務省、対外発信の外務省、インバウンドを担う観光庁まで挙げていくときりがないほどだ。複数の府省庁が、同じ「コンテンツ」という言葉を、それぞれの論理で分担している。しかも各省庁では、担当者が数年で交代していく。誰も、全体を通して長期では俯瞰できない立場に置かれている。これが「ちぐはぐ」の正体だ。
この縦割りを束ねる枠組みが、なかったわけではない。そもそもクールジャパン政策は、安倍内閣の強い主導のもとで国家戦略として旗が振られ、内閣官房・内閣府のレベルに調整の機能が置かれてきた。近年もクリエイター・コンテンツ産業を巡る官民協議会が設けられている。だが、調整型の組織は挑戦的な意思決定を難しくし、失敗時の責任の在り方を不明確にする。経済界がかねて一元的な司令塔を求め、予算・人員・権限を移管した実施機関としての「コンテンツ省(庁)」の設置を訴えてきたのも、この限界を見てのことだ。
そうしたなか、26年6月下旬、政府がコンテンツ産業の司令塔となる新たな支援法人を、来年度中にも創設する方向で調整に入った、と報じられた。手本とされる韓国コンテンツ振興院(KOCCA)は、文化体育観光部の傘下にある準政府機関、いわば公的な実施機関である。新法人もまた民間企業ではなく、国が予算の執行までを担う公的な器として構想されている。省庁の縦割りを排し、執行を1つに集約する、というのがその眼目だ。かつて官房長官が「コンテンツ庁」に言及したアイデアは、KOCCA型の実施法人という、より具体的な輪郭を得つつある。司令塔不在という長年の宿題に、ようやく答えが出されようとしている。
では、これで宿題は片付くのかといえば、そう単純ではない。器を作ることと、その器が機能することは、まったく別の話だからだ。問われるのは、その司令塔が何を備えているか。具体的には、次の3つを満たせるかである。
第1は目利きである。ここでいう目利きとは、せんじ詰めれば「審査」、つまり誰に、いくら出すかを選び抜く力のことだ。クールジャパン機構は、日本の魅力とされるものを手広く抱えながら、その価値を見抜き、伸ばす目を、組織の中に十分持てなかった。手本とされるKOCCAや仏CNC、専門金融機関は、作品性から財務までを束ねて評価できる専門人材を擁し、それを支援判断の核に据えている。
第2に、全体を見渡す視座である。本稿が繰り返し述べてきた「種と土壌」を、同じテーブルの上で案分できるかどうか、と言い換えてもいい。手本とされる韓国でも、産業振興を担うKOCCAと、フィルムの保存を担う韓国映像資料院(KOFA)は別の組織だか、肝心なのは、その両方の実行組織が文化体育観光部という一つの省の下に置かれ、攻めと守りを一枚の地図の上で案分する視座が、省のレベルで確保されている点にある。
ひるがえって日本では、攻めを経済産業省が、守りを文化庁が分け持ち、その上で両者を束ねる視座を欠く。だから、種にだけ水をやり、土壌は痩せるに任せる。この不整合を正せるのは、執行が分かれていてもなお、攻めと守りの双方を見渡し、予算を配分できる司令塔だけだ。
第3は、結果の開示と、責任の明確化である。これらは最初から設計に組み込まなければならない。何にいくら投じ、どうなったのか。それを国民に説明する仕組みを欠いた司令塔は、「大本営」という別の過去のさてつを踏むことにもなりかねない。
果たして20兆円は、達成できるのか。
筆者は、詰まるところガバナンスの話だと考える。予算を3倍にし、官民で34兆円を投じても、その配分を誰が、どんな基準で、どんな全体像のもとに決めるのかが定まらなければ、目的地は遠いままだ。コンテンツを成長戦略の柱に掲げながら、この国はその全体を束ねる司令塔を、長く持たずにきた。そしていま、ようやくそれがつくられようとしている。
だが、司令塔をつくること自体は、ゴールではない。目利き、全体戦略、責任所在――この3つを備えた器になれるかどうか。20兆円という目的地にたどり着けるかは、その点にかかっている。
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