安価に構築できる電脳ナビ「PEC」で海を渡る:勝手に連載「海で使うIT」(3/3 ページ)
まもなく春分。昼が長くなって「海を越えてクルージング」の季節がやってくる。これまで「電脳航海システム」を紹介してきたこの連載であるが、今回は「とりあえず始める」PECを取り上げる。
航海計器としてのPECの使い勝手
何はともあれ、航海中はGPSプロッタとして使いたいPECである。GPSプロッタとして使うには外付けのGPSをPECに認識させなければならない。ハンディであれUSB接続であれPCカード接続であれ、ノートPCにGPSを認識させてあるのが前提となる。これはOSとGPSデバイスの話であってPECは関係しない。というわけで、ここではOSにGPSが認識されたところから話を進める。GPSがOSに認識される場合、大抵はシリアルデバイスとして扱われるためCOMポートが割り当てられる。GPSに割り当てられたCOMポートはデバイスマネージャーで知ることができるが、そこで割り当てられたCOMポートの番号をPECのGPS設定で指定しなければならない。これは、PECで設定メニューが用意されているので容易に行える。この「GPS設定」メニューではGPSフォーマットや表示方法、サンプリング間隔なども指定できる。設定項目の数は過不足なく問題ない。
PECとGPSの接続が完了していれば、「GPSモード」をオンにすれば現在位置とそれまでの航跡がPECに表示される。自船位置のアイコンには現時点の針路と速度も表示される。GPSデータはリアルタイムでテキストファイルに出力されるので、たとえ途中でハングアップしてPECが落ちてしまっても、その直前までの航跡は記録される。これは、障害が発生したときの復旧を考えると優れた仕組みといえる。
航海中に新しい針路を設定したい場合、ユーザールートを新たにプロットすることになるが、この場合、ツールバーにある「ユーザールート作図」アイコンをマウスで選択し、新しい目的地をマウスでクリックすることになる。作業手順としては「利用したい作業がすぐに呼び出せるUI」になっているが、航海計画作業で述べた「縮小機能の不具合」が残っている場合、ユーザールート作図による航路設定作業が容易でないことと、ルート作図で表示されるルートでは針路と距離が表示されない(ルートデータにはウェイポイント間の針路と距離が収録されているのだが)ため、航海中に急いで新針路を求めるのには使いにくい。「新しい針路を急いで求める」とう目的が優先される場合は「距離計測」機能を利用するのがいい。
航海中に海図を利用する局面として多い「海図にある属性情報の参照」においてPECの使い勝手はどうだろうか。PECでは収録されている「線情報」「点情報」すべてに経度緯度のデータが収録されている。さらに「顕著な灯台」においては、その名称と灯質も用意されている。収録されているデータは「ポイント照会」(点情報)「アーク照会」(線情報)を呼び出して(ツールバーにアイコンが用意されているのでワンクリックで呼び出せる)、次いで知りたい「点」のシンボル、もしくは「線」のラインをクリックすれば情報ウインドウが表示される。操作としてはいたって簡単であるので航海中も利用しやすいと思えるのだが、収録されている情報のほとんどが「緯度と経度」に限られ、「名称や灯質」といった知りたい情報が出てこないという難点がある。なお、詳しい情報が収録されている「顕著な灯台」はその情報が海図上に表示されているため、わざわざ「点情報」を利用して参照するまでもない。
ただ、海図を利用するに当たって最も重要である「自分の位置」は、GPSを接続してPECが正常に動作している限り表示されるので(灯台の位置も名称も灯質も、すべては自分の位置を知るために参考情報に過ぎない)、海図のテキスト情報の必要性はそれほど高くないという意見は一理ある。
PECは、導入時におけるコストや「自船の現在位置を表示する」というGPSプロッタとしての基本機能は十分備えている。表示される海図の精度は海域によって「かなり」の差があるが、利用頻度が高いと思われる東京湾西岸や三浦半島沿岸、その地域で重要とされる漁港は高い精度で収録されていたり、画像を含めたユーザー情報の登録機能や、ツールバーを設けて利用したい機能をすぐに呼び出せるUIレイアウトになっていたりと、プレジャーボートを十分意識したポイントがある一方で、実際に利用する局面において、それぞれの機能の使い勝手がよくない部分も見受けられる。仮に、ユーザールート作図機能における縮小表示の不具合が修復されていればかなりの改善が期待できるが、それでもまだまだ改善してもらいたい機能は多い。
「これがあれば全自動でOK」といった電脳ナビゲーションという言葉に過度な期待をかけることなく、ナビゲーションをアシストしてくれる航海機器として使うなら(こういう機器を使う場合でも“有視界”航海がメインであることを忘れずにいたい)、PCを使うGPSプロッタとしてPECは価格に見合った役割を果たしてくれる。実際、筆者は伊豆諸島の巡航において夜間に新島と式根島の間にある水道に夜間突入することになったときなど、「PECに助けてもらった」と思うような経験をしている。
上記の項目以外に、PECの欠点として必ず挙げられるのが「カバーする海域の狭さ」だ。現在、本州南岸から九州北岸をカバーする6バージョンが用意されているが、日本海側や本州北東海域、北海道や南九州から沖縄は収録されていない。小型船舶操縦士が集中している東京湾、三河伊勢湾、瀬戸内海の「限定沿海」の海域に限られるPECは「最も売り上げがあるだろう」と期待されるエリアしかカバーしていない。商売としては正しいのかもしれないが、「公的」な性格を有する日本水路協会(その上部組織は海上保安庁だ)が発行するだけに、日本全域で安価に電脳ナビゲーションをできるような配慮があってもしかるべきではないだろうか。
それが、プレジャーボートの安全性を高めてくれるのだから、日本水路協会、そしてその上部組織である海上保安庁にとっても大きなメリットになることは、容易に思いつくと思うのだが。
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