ユニボディとは違う“精密の美”を掘り起こす――アルミダイキャスト:矢野渉の「金属魂」Vol.26
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は、“実用が生み出す美しさ”を秘めた金属に迫る。
それは自転車から始まった
僕が金属的なもの(つまり時を経ても不変な物)に特にこだわり始めたのは中学生になったころだ。自転車通学をすることになって、父は僕がそれまで乗っていた子供用の自転車を26インチのものに買い換えてくれた。それが大きなきっかけと記憶している。
あまりにうれしかったので、今でもその自転車のことは鮮明に思い出せる。ブリヂストン自転車の「シャインスター」という車種で、つや消しの黒いフレームに銀色のラインとエンボス加工の「BS」エンブレムが付いた、渋い雰囲気の自転車だった。大学生だった従兄弟が10段変速でドロップハンドルのシャインスターに乗っていたのに影響されたのだ。
ただ、同じ車種を買うのも芸がない。僕はシャインスターシリーズの中の少し派手な車種を選択した。フロントはブリヂストン独自のオーバルギア、そして外装5段変速だが「オーテルMAX」という特殊なギア比で15段に匹敵する変速機付き、後輪にはディスクブレーキが付き、そのころは大人気だったが今は姿を消した「セミドロップハンドル」が付いたモデルだ。それ以外の、フレームや白いツインライト、白ライン入りのタイヤなどは従兄弟のものと同じだったので、一応の満足感はあった。
このシャィンスターのディスクブレーキは、後に改良されたネジ式のトルクで片側からパッドを押し付ける「BSディスクブレーキ」ではなく、2枚のパッドでディスクを両側から締めつけるパンタグラフ型の「AWディスクブレーキ」だった。そしてこの造形が例えようもなく美しかったのをよく覚えている。
購入と同時に、シャインスターは僕のファッションアイテムにもなった。僕は学生服の上に黒いトレンチコートをはおり、前を留めずにシャインスターを走らせた。コートが後ろにバタバタとたなびくのにウットリとしながら通学したものだ(わざと私立の女子校の前を通っていたのはここだけの秘密だ)。
愛着が沸けば頻繁にメンテナンスをする。僕は毎日のようにシャインスターの泥を払い、磨き、オイルを差し、ブレーキや変速機の微調整をした。この時間は僕と金属の対話だったとも言える。ピカピカにしてあげることが日常であり、カタログを熟読したり、自転車屋に入り浸って店主に専門知識を教わったりして、僕の金属の知識は深まっていった。
この時代(70年代初頭)の自転車はパーツのほとんどが金属だった。大まかに言ってサドル(皮)とタイヤ(ゴム)以外はすべて金属と言ってよく、メッキパーツも多かった。その中でも特徴的だったのが「アルミダイキャスト」である。変速機やブレーキなど、可動部分であり、精密さが要求される場所には必ずといっていいほどアルミダイキャストが使われていたからだ。
特に、シマノ製と思われるシャインスターの変速機は、ロボットアームの関節のような動きを常に強いられる、過酷な現場にいる。なのに見た目がアルマイトのように弱々しく、鈍い輝きだ。最初僕は大丈夫か、これで持つのかと思っていた。しかしその後僕はアルミダイキャストの実力を知る。
鉄よりも圧倒的に軽く、しかも鉄のように曲がったりせずに狂わないアルミダイキャストはこの部所には最適の金属だったのだ。溶かしたアルミに圧をかけて金型に流しこむアルミダイキャストは、いわゆる鋳物だ。だから表面加工しない限り光り輝いたりはしない。しかし圧をかけたぶんだけ抜群の精密さと強度をもっているし、何より金型さえあれば簡単に大量生産が可能なのだ。
アルミダイキャストは、本来は表に出る部分に使われる金属ではない。自動車のエンジンのシリンダヘッドに代表されるように、機械の内部で淡々と仕事をしている金属だ。たまたま、自転車という丸裸の機械に取り付けられたから、僕との出会いがあったのである。
僕はこの時、アルミダイキャストに金属としてのあるべき姿を見たのかもしれない。僕は彼を信頼し、味方についたのだ。
アルミ界のエリートではないけれど……
近年、アルミはMacBookシリーズの「アルミユニボディ」の大成功により、高級感のある金属として注目されている。次期iPhone 5もアルミボディになるとのうわさだ。確かにアップルの作るアルミ製品は美しい。しかし、これらはアルミの分厚い1枚板から削り出したものだ。言ってみればアルミ界のエリート、出来上がりの時点で外装としても完璧な金属なのだ。
本来高価なアルミ削り出しの製品も、コンピュータを使った工作機械と大量発注によって安価に製造することが可能になった。しかし今まで何十年に渡ってアルミの足場を築いてきたアルミダイキャストの功績を忘れてはならないし、今も見えないところでアルミダイキャストはちゃんと生きている。
僕がカメラマンという仕事で何十年もお世話になった一眼レフも、昔はボディのほとんどがアルミダイキャスト製だった。最近はマグネシウムやその他の金属を使っているようだけれど、レンズマウントからフィルムをつなぐミラーボックスの部分、ここだけはいまだにアルミダイキャスト製が多い。
重い超望遠レンズの重量を支え、入ってきた光を正確に撮像面に写し込むためには、やはりアルミダイキャストの部品の精密さが必要なのである。
僕は一線を退いてゴミ扱いを受けている一眼レフを引き取っては、金属に戻してやる行動を1人でひっそりと続けている。分解して日の目を見たアルミダイキャストは、MacBookほどの美しさはないけれど、設計されてそのまま具現化された「きりり」とした美しさはあると思う。
工業デザインが描き出す美しさは、金属素材あってこそのものだ。
彼らには無駄な部分は1つもない。誰にも見られなくても、仕上げが汚くても、ちゃんと使命をまっとうした、そんなすがすがしさがあるのだ。
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