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M1搭載「iPad Pro」の本領発揮はまだ先か 新旧モデルを使い比べて分かった現状の実力と秘めた可能性本田雅一のクロスオーバーデジタル(2/4 ページ)

Apple M1搭載の「iPad Pro」を試用した。イラストレーターとともに12.9型モデルの実機を使ってみたところ、現時点でも従来機に比べて体感できる差があったが、その性能を生かしきるにはもう少し時間がかかりそうだ。AppleはiPad Proの未来をどの方向にかじ取りしていくのだろうか。

新しいiPadOSが向かう方向とM1搭載iPad Pro

 6月7日(米国太平洋時間)からAppleの開発者会議「WWDC21」が始まるが、例年と同じように各種OSの新バージョンが発表されるだろう。

 毎年というわけではないが、iPadシリーズの場合は先にハードウェアが進化し、後からOSをアップデートすることで、新しいハードウェアを生かす手段が提供されるというお決まりのパターンがある。


2020年6月に開催されたWWDC20の基調講演で語る米Appleのティム・クックCEO。「今日はMacの歴史が変わる歴史的な日」として自社開発プロセッサ「Apple Silicon」のMacへの採用と移行計画を発表した。あれから1年、WWDC21では何が発表されるのか

 今回もiPadへのM1の搭載というトピックがある中で、そのパフォーマンスや搭載メモリ容量の大幅な向上を生かすための、何らかの施策が盛り込まれると予想される。iPadOSではより大きなアプリが動くようになっていくだろう。ではそうした中で、Macなどパソコン用OSに比べれば複数アプリを組み合わせて作業することが不得意なiPadOSの操作性をどうするのか。

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 またMagic Keyboardの登場以降、iPad ProをMacに似た操作感で利用できるようになった一方、微妙に異なる操作性や分割ウィンドウでの作法が分からず戸惑う声もある。現時点でiPadOSはパソコンのような雰囲気で操作できるよう設計されてはいるものの、明確にパソコンとは違うルールでシステムが構築されているからだ。

 ここで「もっとMacのように使いたい」という声や「いずれiPadとMacは統合される」といった声も聞かれるが、筆者は決してそのような方向には向かわないと考えている。

 iPadのアプリをMacの上で破綻なく動かすことはできても、その逆はできないと思うからだ。タッチパネルを前提とした操作と、マウスとキーボードを基礎にした操作の枠組みは根本的に異なる。ましてやマルチウィンドウの自由度とiPadの全画面(+画面分割)表示では、操作の流れを統一することは難しい。

 ではどうするのか。iPad Proは絵を描いたり、写真を操ったり、動画を編集したりするためのツールとして定着してきているが、それぞれの作業に1人のユーザーが集中して操作するような使い方が多い。この路線を維持しながらMacのようになっていくというシナリオはなさそうだ。しかし、何らかの進化は期待できるだろう。

 あるいは、そこにはM1搭載のiPad Proを選ぶべき理由が見えてくるかもしれない。

イラストレーターの視点から見た新しいiPad Pro

 さて今回、iPad Proを創作活動に活用しているアーティストにも話を伺ってみた。イラストレーターのMAKO オケスタジオさんは、iPadシリーズを用いてさまざまな雑誌の挿絵やポスター、各種商品向けのイラストデザインを手掛けてきた。iPadを用いたイラスト教室なども開設している。

 実はMAKOさんと知り合ったのは、現在のデザインを採用するiPad Proが発表された2018年10月のニューヨーク州でのイベントでのこと。テクノロジー製品に詳しいわけではない。このときは、世界中からiPadで創作活動を行っているアーティストが集められ、新型iPad ProとApple Pencilを用いたアート制作を現地で行ったが、その際に日本から招待されていた2人のアーティストのうちの1人だ。

 MAKOさんが使うのは、主にイラスト制作アプリのProcreateだ。あらかじめ12.9型iPad Proに導入した上で、幾つか質問をしてみた。


MAKOさんがiPad Proで描いたイラスト。本人いわく、新型の方が鮮やかな色が出るとのこと

 まず書き味だが、物理的な面での書き味はほとんど変化していないという。多少、表面処理が変化している可能性はあるが、絵を描く中にあってはあまり変化がない。

 また12.9型iPad Proは重さが41g、厚さが0.5mm増えているが、「仕事で絵を描く場合はスタンドに置いて描きますし、手に持っての場合も重さの違いは特に感じません。厚みが増えたことも同じで、普段から使っている(旧世代の)12.9型iPad Proと全く同じ感覚で使いこなせます」と語る。

 一方で、パフォーマンスの向上は確実に描きやすさにつながっているという。「私の場合は、サラッと素早い筆致で長いストロークの線を多用するのですが、黒炭などの重めのブラシを使っていると、応答の遅れから若干の違和感を覚えることもありました。でも新型だとどのブラシを使っても、反応が遅れる感じがないですね。パッと使い始めてすぐにあっ、速い! と思ったほどです」との感想だ。

 イラストを描くという用途の場合、長い処理時間が必要な動画の書き出しや写真のRAW現像などに類似する処理はないが、上記のように瞬発力の違いが道具としての使いやすさに影響は与えているようだ。

 今後はProcreateの次のリリースでアナウンスされている3Dモデルに直接イラストを描く機能が楽しみというが、メモリ容量の増加に伴うレイヤー数の増加も喜んでいた。

 Procreateで使えるレイヤー数はキャンバスサイズに依存するが、A3サイズの場合、350dpiに設定すると旧世代の6GBメモリ搭載モデルは24枚のレイヤーまでだった。それがテスト機の16GBメモリ搭載モデルでは31レイヤーに増加したのだ。

 メモリ容量からすると計算が合わない(もっと増えていい)ため、テストしたバージョンのProcreateが大容量メモリに対応できていない可能性もありそうだ。今回のiPad Proのアップデートに合わせてProcreateもより多くのメモリに対応すれば、さらに多くのレイヤー、あるいは大きなポスターに相当するキャンバスでも十分な数のレイヤーが確保できるようになるだろう。

 ちなみにMAKOさんは、例に挙げたイラストの場合、構図の検討や休憩も合わせて半日ほどで仕上がるとか。「実際の画材を使っていると、恐らく3日ぐらいはかかる作業ですが、iPad Proを使うと半日。絵を描く職業の人にとってiPad Proは欠かせない道具になってます」と、そのメリットを語った。

MAKO オケスタジオさんが実際に新iPad Proを試している様子が見られる筆者によるインタビュー動画(本田雅一のYouTubeチャンネルより)

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