Appleが「健康データ」のプライバシー保護にこだわる真の理由:独占インタビュー!(3/3 ページ)
Appleが、プライバシーの情報搾取について新しい啓発CMを公開した。しかも、今回は我々の「健康データ」がテーマだ。どのような意図があるのか、林信行氏がAppleの担当者にインタビューを行った。
コロナ禍を経て大きく進化する医療
チャン博士の話を聞いていると、健康データのプライバシー保護は、単に個人を悪徳業者から守るというだけの話ではなく、これから人々がより健やかに生きていく上でも重要なことに思えてくる。
ところで、これらのデータは、どの程度の期間記録されるものなのだろう。
「そこについては、私の見方は少し偏りがあるかもしれません。私はデータによっては長く記録すればするほど価値があるものが多いと思っています。私の専門の1つでもある女性の月経周期なども、そうした健康データの1つです。月経周期は、1年ごとに変化することもあれば、何年も先まで変化することもあります」(チャン博士)
さらに「例えば、実際に赤ちゃんを産んで妊娠から解放されたとき、自分の生理周期はどうなっているのだろうと不安になることがよくあります。5年前の私の月経周期はこうだった、と振り返ることができるのは、自分の健康状態に何が変わったかを理解するのにとても役立つのです。月経周期は非常に複雑な生理的プロセスであり、ホルモンによって左右されます。しかし、ホルモンによって動向が異なるため、活動ストレス/薬/年齢/家族歴など、さまざまなものが影響します。ですから、自分の生理周期を、症状など他の重要な特徴とともに記録することは、自分のパターンをよりよく理解し、自分の健康にとって何が重要かをよりよく理解することにつながるのです」とチャン博士は解説する。
なるほど、男性である筆者には月経のことは分からないが、最近、パーソナルトレーナーと話を続けてきたことで、腰痛などの原因が20年ほど前に左足をくじいたことで歩く時の体重バランスが崩れ、それがきっかけでさまざまな不調につながったことが分かってきた。こうした自分の身体に起きた変化がスマートフォンに(安全に)記録され、自身の健康のヒストリーを振り返れれば、女性でなくても役に立つことが多いだろうことは想像できる。
「Appleは健康の民主化を目指しています。人々が自らの健康データをうまく集め、活用することでより健康的に過ごせるようにする、という目標です。私たちはまだ、この理想の実現に向けた旅の出発点にいます。それでもこの理想に引かれるのは、私たちがこういった技術が私たちの健康状態をさらに良くできること、日々の生活の質がもっと向上することを確信しているからです」(チャン博士)
では、健康データの可能性が未知の段階で、Appleはどのような姿勢でこれらの活用に臨んでいるのだろうか。
「Appleでは、健康分野の取り組みに対して3つの基本原則を設けています。1つ目は、ユーザーに対して実用的な情報提供を心がけることです。何の脈絡もなく数値を示すのではなく、複雑な健康概念をかみくだき、人々が理解しやすい言葉に置き換えて説明します。2つ目は、科学を礎に製品を作ることです。そのためにAppleでは膨大な量のデータを見たり、査読付き出版物を調べたり、大規模/小規模の両方の試験で何カ月も何年もテストとトライアルを行っています。そして3つ目が今回のテーマでもあったプライバシーの保護なのです」と語る。
チャン博士は、コロナ禍で医療のデジタル化は一気に10年先に進んだという。「これまでは多くの医者が遠隔医療を行うことをちゅうちょし、医療現場の外で収集された健康データを活用することをためらっていました。しかし、パンデミックでこのような障壁がなくなり、Apple Watchのような高品質なセンサー情報を使ってケアが提供できることを、より多くの人が理解し始めました。私は今、デジタル技術と医療ケアが急速に統合されつつある状況に大変大きな期待をしています」と主張する。
単に「プライバシー保護」と聞くと、デジタルデータの利用に消極的なのかなという印象を受けるかもしれない。しかし、実際のAppleの姿勢は全く逆だった。むしろ、データを積極的に活用するのが狙いだ。でも、他のIT企業のようにビジネスチャンスだけを最優先してしまうと、無法地帯になり収拾がつかなくなってしまう。Appleによる「健康データのプライバシー保護」は、そうならないための老舗IT企業としての責任感から生み出された姿勢なのだと理解すると、見方が大きく変わるのではないかと思う。
最後にこれは筆者個人の意見だ。
今回のインタビューでは時間が足らずその話はできなかった。しかし今、日本ではデザイン/設計の悪いサービスによって健康保険の情報が流出して大きな問題になっている。日本の政府は、税金を投入して国内IT企業に新しいシステムを作らせてはそれで失敗しているケースが多い。
ただシリコンバレーなど海外のIT業界では、古くから既に他に誰か得意な人がもっとうまくやっているのなら、あえてその競合を作らず、むしろそれを活用していこうという考えがある。Appleの優れた技術をうまく利用すれば、我々の健康情報はよりしっかりと守られ、これからの時代の医療にもより適切に生かされることが期待できる。
Androidユーザーをどうするかの問題はあるが、もし政府が一部の日本企業の健康を守ることよりも、国民の健康とプライバシーを守ることを重視してくれるのであれば、せめてiPhoneを使うユーザーだけでもハード/ソフト両面からのプライバシー保護設計ができる企業に、このあたりを委ねても良いのではないかと筆者は考えている。
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