最後まで残るプリンティング技術がインクジェットだ エプソンの碓井会長が語るレーザープリンタ終売後の世界:IT産業のトレンドリーダーに聞く!(セイコーエプソン 後編)(3/3 ページ)
コロナの5類感染症変更など、世の中の環境、経済状況や社会情勢が激変する昨今。急激な円安に伴う物価の上昇が続く中で、IT企業はどのような手を打っていくのだろうか大河原克行氏によるインタビュー連載のセイコーエプソン 後編をお届けする。
最後まで残るプリンティング技術がインクジェット
―― 2013年にPrecisionCoreを発表して以降、「インクジェットプリンタによって、オフィスプリンティング市場を破壊する」「ビジネスプリンティングを革新する」といった発言が話題を集めました。また、2022年11月には、2026年を目標にレーザープリンタの本体販売を終了すると発表し、これも大きく注目されました。PrecisionCoreによって、オフィスのプリンティング環境はどのように変化するのでしょうか。
碓井 当社はインクジェットで、オフィスから世の中を変えていきたいと考えています。オフィス向けインクジェットプリンタを投入した当初は、高速性や高画質、耐久性においてはレーザープリンタの方が優れているという評価をなかなか覆せず、同時に十分な性能を持つオフィス向けインクジェットプリンタが提供できていなかった反省があります。
サーマル方式は熱を使うため、連続印刷をするとヘッドが熱くなり止まってしまうという課題がありました。マイクロピエゾ方式ではそういった点が解決できるということが伝わっていなかったり、インクジェットは水分量が多いため乾きにくいといったりした課題も、インクの改良などによってかなり解決されていることを訴求できていなかったという部分もありました。
しかし、PrecisionCoreが登場から約10年を経過し、いよいよオフィス向けプリンタをインクジェットプリンタに一本化するという発表ができました。私にとっても念願の発表でした。
当社が内製でレーザープリンタの生産を終了したのは2008年であり、それ以降、他社からエンジンを調達する一方で、開発リソースをインクジェットプリンタに集中させました。オフィス向けプリンタのインクジェットへの一本化は、個人的にはもう少し早くやりたかったという気持ちがあるのですが、コロナ禍での逆風もあり、遅れが生じたことは確かです。インクジェットによってオフィスのプリンティングを変え、世の中を変えることにつなげていきます。
―― PrecisionCoreでは、コンシューマーやオフィスに加えて、商業および産業まで幅広くカバーしていますね。今後、エプソンのプリンティング事業はどうなりますか。
碓井 今のままでは、プリンティング市場はシュリンクしていくことになります。しかしインクジェットプリンタは、デジタル化の流れを捉えながら、新たな領域に出ていける技術です。
しかも、マイクロピエゾ方式は色材が多く、油性インクを使うシーンが多い商業、産業分野には最適であり、サーマル方式とも差別化できます。PrecisionCoreを搭載したデジタル捺染機が高い評価を得ているのは、その一例です。
またラインヘッドにより、商業/産業分野での高速化ニーズにも対応できます。マイクロピエゾ方式のインクジェット技術はデジタル技術と結びついて、人々の創造性を掻き立てる産業基盤を作ることができます。デジタル時代との親和性がある技術であり、さらに環境性能の高さがありますから、これを生かして地球と調和する技術として発展させていきたいと思っています。
―― 今後のプリンティングの世界はどうなっていくのでしょうか。
碓井 プリンティングの歴史を振り返ると、かつてのドットマトリックスプリンタや熱転写方式、電子写真方式などのプリンティングは余分なところにも色材を塗ったり、転写したりといった方法が多かったのですが、インクジェット技術は必要なところに必要な色材を置いて情報を伝えたり、成果物を作り上げたりすることができる点が大きく異なります。
インクを媒体に飛ばすだけで、印刷のプロセスが完了するというシンプルな仕組みも特徴です。さらに形成したり、積み重ねたりするという点でも特徴を発揮できる技術です。私は、最後まで残るプリンティング技術がインクジェットだと思っています。
PrecisionCoreはインクの選択肢が広いため、導電性インクを用いて回路パターンを形成したり、有機ELパネルの製造や薄膜レジストを形成したりといったエレクトロニクス分野での活用、バイオプリンティングや創薬などのバイオ分野での利用、デコレーションや調味といった食品分野での活用も想定されます。
新たな発想や技術を持つ外部パートナーとの共創により、その可能性はさらに広がっていくと思います。紙に印刷するのは主に情報伝達手段としての役割が中心ですが、10年ぐらいの間には紙に印刷しないプリンティングの比率の方が増えるかもしれませんね。
当社が目指しているのは、世の中の人たちを巻き込んで1つのエコシステムを形成し、その中心を担うということです。
―― このような未来に向けて、PrecisionCoreはどう進化していきますか。
碓井 私は、マイクロピエゾ方式に勝るプリンティング技術はないと思っています。より多くのインクや素材に適応できるようにヘッドを進化させたり、インクそのものも変えたり、さらに密度を高めてパフォーマンスをあげていくこということに取り組んでいきます。
ただ、既存の生産プロセスがしっかりと定着しているようなところを、同じことができるからといって、簡単にマイクロピエゾに置き換えられるとは思っていません。むしろマイクロピエゾでないとできないところや、分散生産や近消費地生産、廃棄物削減、環境貢献といった新たな価値を提案できる部分で、活用が広がっていくと考えています。
社会基盤全体のデジタルイノベーションやグリーンイノベーションとセットにし、そこに向けてビジネスモデルを変えていくことになります。PrecisionCoreの広がりは、まだまだこれからです。
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