最後まで残るプリンティング技術がインクジェットだ エプソンの碓井会長が語るレーザープリンタ終売後の世界:IT産業のトレンドリーダーに聞く!(セイコーエプソン 後編)(2/3 ページ)
コロナの5類感染症変更など、世の中の環境、経済状況や社会情勢が激変する昨今。急激な円安に伴う物価の上昇が続く中で、IT企業はどのような手を打っていくのだろうか大河原克行氏によるインタビュー連載のセイコーエプソン 後編をお届けする。
オールマイティーな性能を実現した「PrecisionCore」
―― PrecisionCoreは2013年9月にプリントヘッドを発表し、これを搭載した26ppm(1分間に26枚を印刷)の小型プリンタを発表しました。当初のPrecisionCoreへの反応はどうでしたか。
碓井 PrecisionCoreは、2013年5月頃には発表したいと思っていたのですが、その時点ではまだバタバタしていて、発表がずれ込みました。それだけ遅れたため、PrecisionCoreを搭載したプリンタもすぐに発表しようということで準備を進めました。
PrecisionCoreがまず狙ったのは、複合機のようなノズルを多く搭載する必要がある領域でした。PrecisionCoreではピエゾ素子を徹底的に薄くし、1μmを実現するとともに、300dpiの高密度化を達成し、さらに当社独自のMSDT(Multi Size Dot Technology)により、1つのノズルから吐出するインク滴の量をコントロールすることによって、高速化と高画質を同時に実現しています。
180dpiではワンパスではきれいに印刷ができませんが、300dpiであればそれを解決できます。サーマル方式やレーザープリンタに比べても、文字の印刷品質やスピードでも劣らないものが完成したといえます。
マイクロピエゾTFヘッドから、PrecisionCoreに進化するまでに6年かかりましたが、マイクロピエゾが得意としていた耐久性やインク吐出性能、インク選択肢の広さに加えて、課題となっていた量産性や高密度化も克服でき、全ての項目で二重丸をつけることができるオールマイティーな性能を実現することができました。
サーマル方式を超えたともいえ、そこに「究極のマイクロピエゾ」と表現する理由があります。特に量産性については、生産技術の確立だけでなく、エプソンがコンシューマー向けプリンタを数多く出荷しており、量産を担保できる事業構造になっている点が見逃せません。さらに、ヘッド自体の耐久性が高いことや、インク種の制約が少ないという特徴はPrecisionCoreを外販する際の強みにもつながっており、これも量産性につながっています。
もともとマイクロピエゾは構造が比較的複雑で、製造の難易度が高い点がマイナス要素とされてきましたが、当社はそれを作るための製造ノウハウを蓄積しており、ヘッドを生産する上で、汎用(はんよう)的な製造装置を使うだけだけでなく、自分たちで作った製造装置も数多く導入しています。
このように生産プロセスを最適化し、低価格での生産ができるようになっていること、外販を含めて量産ができる体制を整えていることが、ピエゾ方式に対する他社の参入を難しくすることにもつながっています。
既に低コスト化でも効果が出ており、PrecisionCoreのノズル単価はMACHとMLChipsよりも安くなっています。PrecisionCoreの密度はMACHに比べて2倍になっていますから、それによってコストパフォーマンスは2倍になっています。
―― 2017年2月にはPrecisionCoreのラインヘッドを発表し、フラッグシップとなる100ppmの「LX-10000F」を市場に投入しました。ここでは、レーザープリンタや複合機をしのぐ圧倒的なスピードを見せつけました。マイクロピエゾが新たなフェーズに入ったことを感じました。
碓井 LX-10000Fは、新開発した超小型ラインヘッドを搭載することで、100ppmを実現しました。このヘッドを使えば技術的には200ppmまで出せますが、それに合わせて用紙搬送などの回路回りを見直す必要があり、コストが上昇してしまうので、そこには踏み込んでいません。
また超小型ラインヘッドでは、333dpiのプリントチップを斜めに配列しており、紙幅方向では600dpiを実現しています。高密度化でもレーザーに劣らないものができたことが分かると思います。
―― これまではPrecisionCoreを搭載したフラッグシップモデルと、グループや部門ごと、小規模オフィスでの利用を想定した複合機をラインアップしていましたが、複合機のボリュームゾーンとなる40〜60ppmの3機種がそろい、出荷を開始したのは2023年2月です。ボリュームゾーンへの対応が遅れたのはなぜですか。
碓井 これはある意味、PrecisionCoreの弱点といえる部分なのですが、シリアルヘッド方式だと40〜60ppmのレンジでは商品化に高いハードルがありました。もちろん、ラインヘッド方式でやることはできるのですが、そうなるとコストの課題が発生することになります。言い換えれば、PrecisionCoreでは最もコストパォーマンスが出しにくい領域ともいえます。それが、商品投入が遅れた理由の1つです。
吐出するインク滴の量をコントロールするMSDTによって、高速化と高画質印刷の実現の貢献することで商品化につなげることができました。また、ボリュームゾーンの領域でビジネスをするには、販売パートナーやお客さまの理解を得る必要があり、そこに時間をかけてきたという背景もあります。
オフィスの複合機市場は日本のメーカーが強く、しっかりとした販路を構築しています。そこには技術だけでは入っていけません。ただ、多くの企業において、環境に対する関心が高まっており、環境対応において、インクジェットプリンタは大きな貢献ができます。当社にとっては、追い風といえる動きです。
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