「テクノロジーが前面に出すぎていた」――アイロボットジャパン新社長が語る、ルンバ復権への“原点回帰”:IT産業のトレンドリーダーに聞く!(2/3 ページ)
ポストコロナ時代に入り、業界を取り巻く環境の変化スピードが、1段上がった。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。大河原克行さんによる経営者インタビュー連載は、アイロボットジャパンの後編だ。
「誰に何を届けるか」を見失えばブランドは衰退する
―― 山田社長のこれまでの経験は、どう生きますか。
山田 私は2001年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、デジタルカメラ「LUMIX」シリーズの営業およびマーケティング業務などを経て、2015年にiRobotに入社しました。パナソニックで米国に駐在していたときの米国人の上司がiRobotに移籍し、アジア地域の統括担当となった際に私に声がかかり、アイロボット入りをしたのです。
2017年の日本法人の設立時に役員に就任し、アジア太平洋地域のマーケティングの指揮を執りました。こうした長年の経験で、私はマーケティングの重要性をとても強く理解しています。どんなに良い機能を持った製品でも、お客さまを中心にしたモノ作りやマーケティング活動を行い、それを継続していかないと、どこかでお客さまが付いてこなくなります。今のアイロボットには、その点での危機感があります。
私が松下電器産業でLUMIXのマーケティングに携わったときは、デジカメ市場に参入したばかりの時期でした。当時のデジカメは、ブラックやシルバーのボディーカラーばかりで、男性のためのモノ作りだったのですが、この常識を覆し、薄型で軽量のボディーにホワイトやピンクのカラーを採用したり、浜崎あゆみさんを起用したりといったマーケティング施策で、女性向けに、誰でも、簡単に持ち運んで、撮影できるという製品コンセプトを訴求しました。
こういった新たな利用層に対して、お客さまのニーズを意識しながら、しっかりと提案を行って市場を創造していったところに「LUMIXらしさ」があったといえます。しかし、その後、デジカメの高機能化が図られる中で、テクノロジーの進化には追随していったものの、マーケティング活動が疎かになり、LUMIXらしさが失われていったと感じます。
どんなお客さまに対して、どんな提供価値を届けることができるのか、それによって自分たちのビジネスをどう成長させていくのかということをしっかりと描く必要があります。
―― LUMIXの場合は、デジカメ市場において最後発の立場でした。しかし、アイロボットはロボット掃除機で市場をけん引していく立場にあります。マーケティングのやり方に違いはありますか。
山田 それは全く違うものになります。最後発の場合には、空いている市場はどこかということから入っていくことになります。LUMIXでいえば、40~50代の男性という、当時のカメラ市場では最も大きなターゲット領域から入るのではなく、20~30代の女性という新たな市場開拓するところから入っていきました。その結果、コンパクトデジカメでトップシェアを獲得するという結果につながりました。
一方で、アイロボットの場合には、全ての世帯を対象に製品をそろえ、広くアプローチしていく必要があります。そのためのラインアップも用意しています。しかし、今のアイロボットの製品はハイエンドモデルからエントリーモデルまで、提供価値が同じであることに課題があると思っています。
自律的に動き、同じ大きさで水拭きもできてゴミもためられる。しかし、それらの特徴の強弱だけで、ラインアップが構成されているにすぎません。こういうお客さまにはこうした製品がいい、しかし、別のお客さまの生活スタイルやニーズを考えたら、こっちの製品が最適であるということが明確にできるメリハリが必要です。
デジカメでいえば、写真にこだわる人にはミラーレスの一眼、野鳥を撮る人にはズームレンズ、手軽に持ち運びたい人にはコンパクトデジカメといったように、用途に応じた提案をしています。ロボット掃除機もお客さまの生活やニーズに合わせて提案していく必要があります。
―― ただ、それを実現するにはマーケティング部門だけでは限界があります。モノ作り部門との連動が必要になりますが、日本にはモノ作り部門はありません。
山田 私たちアイロボットジャパンが、日本のお客さまの声をもっと聞くこと、そこから上がってきた声をベースにお客さまも気が付いていないようなニーズを捉え、それをモノ作り部門にしっかりと伝えて提案することに、より力を入れていかなくてはなりません。
そして、新たな体制に移行したことで、製造を行うPICEAとの距離が近くなりますし、米国本社との関係もより緊密になっていきます。日本からの要望が、モノ作りに反映されやすい環境になっています。アイロボットがプロダクトアウト型から、マーケットイン型へと移行するための鍵は、アイロボットジャパンが握りたいと考えています。
―― ちなみに、山田社長がお手本としている経営者はいますか。
山田 その質問に対して、真っ先に思い浮かんだ人物が、当時の松下電器産業で副社長を務めた牛丸俊三さんです。私がLUMIXのマーケティングをやっていたときのマーケティング本部長であり、マーケティングのイロハを学びました。
―― 牛丸さんは、デジカメの「LUMIX」の他に薄型TVの「VIERA」やHDDレコーダーの「DIGA」の名付け親としても知られていますね。牛丸さんの言葉で、特に印象に残っているものはありますか?
山田 牛丸さんの言葉にはメッセージ性があり、「逆算のマーケティング」「垂直立ち上げ」「ヒット商品は、親の仇だと思え!」など、さまざまな言葉が印象に残っていますが、中でも「メーカーの社員である限り、モノが好きであってほしい。そして、モノに対して熱く語れる社員であってほしい」という言葉が、今でも強く残っています。
牛丸さんは副社長の立場になっても製品に対する強いこだわりを持っており、品番やスペック、顧客ニーズは全て頭に入っていましたし、自らが量販店を直接回り、新たな情報を収集することに取り組んでいました。
私も12月上旬にビックカメラ有楽町店の店頭に立って、身分を隠しながら(笑)お客さまへの接客を行い、直接、お客さまの声を聞きました。また、コールセンターにどんな声が届いているのかということを、現場で聞くといったこともしています。
社内にいるだけでは分からないルンバに対する不満や、期待していることをお客さまからの声から知ることができます。これは、牛丸さんのやり方から学んだものです。社長の立場になっても、私自身がお客さま起点でアイロボットの製品を語れなくては、アイロボットジャパンは成長しないと考えています。
一方で牛丸さんは、チーム作りにもたけた方で、そのやり方は今の時代でも通用するものだと確信しています。その点での学びも生かしたいですね。現在はアイロボットジャパンが最も結束力を上げなくてはいけない時期ですから、チーム力を高め、社員が一丸となって挑戦できる文化を再構築していきたいと考えています。アイロボットジャパンは、しばらくの期間、前を向くことを失っていましたから、その意識改革もしていきます。
パナソニックグループの創業者である松下幸之助さんの本を読むと、社員のときには分からなかったことが理解でき、染みることが多いんですよ(笑)。今でも、新入社員研修のときの資料を引っ張り出して見たりしています。自分のビジネスの基礎を形作ったのは、パナソニックなんだなということは感じますね。
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