ジョブズ氏の帰還からAI時代へ――Appleが描く「パーソナルAI」の未来は原点回帰なのか:Apple 50年史(後編)(5/5 ページ)
1996年末のスティーブ・ジョブズ氏の復帰を皮切りに、AppleはNeXTのオブジェクト指向技術を取り入れ、次世代OSへの抜本的な刷新を図った。Appleが歩んだ50年のイノベーションの軌跡と未来を考えてみた。
ウェアラブル製品でファッションとウェルネス分野へ
ティム・クックCEOは数字に強い経営者であるだけでなく、毎日朝4時前に起きては1時間以上ジムでトレーニングをする健康意識の高い経営者として知られている。
その影響もあるのか、それともたまたま時代がそうだったからか、クック氏時代のApple製品は、これまでのMac/iPhone/iPad/Apple TVなども引き継ぎながら、より身体に身近なウェアラブル製品が鍵となり始める。
ティム・クックCEO時代、最初の新カテゴリー製品となった「Apple Watch」発表の様子。ファッション業界に向けて強くアピールしており、この発表会のためだけに駐車場に作られた巨大な特設会場には、Vouge Italiaの編集長などファッション業界のカリスマやセレブたちが勢ぞろいしていた
最初に発表されたのは「Apple Watch」で、当初はiPhoneへの依存を軽減するための通知受信端末とフィットネスモニターの機能、そしてファッション性の3つを軸にしており、特に身に付ける製品ということもあって、まずは超高級モデルを用意して世界中のセレブに使ってもらったり、高級ファッション雑誌に取り上げてもらうことで、ガジェットっぽさを払拭した。
さらにその後、エルメスとのコラボモデルを作ったことで、他のスマートウォッチと異なりApple Watchだけはファッションアイテムとしても成立するという文脈をまずは作っていった。その上で一般向けモデルも普及させたのは、今考えるとうまい戦略だったのかもしれない。
そして、このApple Watchに元々フィットネス機能として搭載されていた心拍計が、世界中で多くの人の心拍異常発見につながり、Appleに「命が救われた」という感謝状が届いてからは、Appleは心電図や血中酸素濃度計測などの機能や、最新の医療研究の成果なども盛り込み、「命を守るスマートウォッチ」という新たな価値も構築し始めた。
このApple Watchに負けない勢いで世界に広まったのが、ワイヤレスイヤフォンの「AirPods」シリーズで、面倒なBluetoothのペアリング設定が不要で接続でき、MacからiPhoneといった機器間の切り替えも自然な「魔法のような体験」でユーザーを魅了した。
最近では、そこに聴力サポートやApple Watchなしでも測れる心拍機能などの健康機能、そしてiPhoneと連携させて利用するライブ翻訳などの機能も搭載し、画面を通さずに触れる現実世界をもデジタル技術で拡張しようとしている。
加えて現実の拡張と言えば、まだ成功した製品とは言えないが、他には類を見ない圧倒的体験で無視できない業界のリーダー製品の座を維持しているのが「Apple Vision Pro」だろう。
これがこのままの仕様、このままの価格で一般に普及することはないと思うが、圧倒的高品質なApple Vision Proがあるからこそ、高品質な拡張現実のアプリやコンテンツの開発が今から可能だ。これらが充実し、技術が追い付いてきたところで、より軽量で価格も手頃なスマートグラスが出てくるというのは、誰の目にも明らかなシナリオだ。
これらの製品が、私たちの心身の健康やAI時代の新しい働き方にどのような変化をもたらすかに期待が膨らむ。
AI時代、Appleは再び原点に回帰する?
さて、ここで気になるのが、これから重要になるAI時代という大海原でAppleがどのように舵取りをするかだ。
AI時代、Appleは再び創業初期の精神を取り戻し、ユーザーの個人の能力を伸ばすためのパーソナルAIになるのではないかと筆者は期待をしている。写真はApple 30周年のお祝いでもあった2007年1月のiPhone発表会より
現在、既にいくつか細かな機能を「Apple Intelligence」として提供しているAppleだが、2026年にはグーグルのGeminiを使って、もっと高度な情報提供を可能にするとうわさされている。しかし、Apple Intelligenceの戦略の本質は、ChatGPTと組んだことでも、Geminiと組んだことでもなく、ユーザーからどんな要望があったかを理解して、それを適材適所で異なるAIモデルに仕事を振り分ける大工の棟りょうのような設計にある。
実際、この2つ以外にもAppleの開発環境「Xcode」では、プログラムコード生成が得意なAnthropicの「Claude」と連携している。また簡単な質問に答えたり、単純な絵を描いたりといった用途では、Appleは自社開発したAIモデルに仕事を振っている。
このように特定のモデルに依存せず、常にその時点で最強のAIモデルと連携しながら、仕事を割り振ることで、Apple製品のユーザーは最強のAI体験を得られる。
そうやってAIサービスでの信頼を築きながら、Apple独自のAI技術を育て、ある時点でそちらの技術の方が他社よりも優秀になったら他社依存をやめて自社技術に切り替える。これはAppleが、これまでにもさまざまな技術で踏襲してきた手法だ。
AppleのAIアプローチで、もう1つ重要なのがローカルLLM志向、つまり、通信を使ってサーバにAI処理をさせるのではなく、iPhoneやiPad、Macといった製品内に完全なAI機能を内蔵し、よほどのことがない限り通信なしでAI処理を行うという方法だ。
既に現在もそのような設計になっているが、最近のApple製プロセッサはAI処理への最適化が進んでおり、特にM4以降のプロセッサでは、かなり高度なAI処理がMac単体で行えるようになってきた。
もちろん、他社もプライバシーの観点からローカルLLMを重視はしているが、Appleは会社の成り立ちやDNA的に、その方向を目指すというのが筆者の考えだ。
初代Apple Iが出た当時、既に世の中にはメインフレームという大型コンピュータが存在しており、1台のコンピュータを複数の人がネットワーク経由で利用していた。その一方で、政府や大企業が、こうしたコンピュータを使って人々の統計データを分析したり監視を強めたりしていた。
1970年代、カウンターカルチャー(対抗文化)で育ったスティーブ・ジョブズ氏らが生み出したApple IやApple IIなどは、そういった政府や大企業に対抗できる力を個人に与えようと、自分1人で占有できるコンピュータ「パーソナルコンピュータ」(PC)として誕生した。誰もが自分の意見や情報を出版できるDTPや、大企業でも個人でも同じように自分のページが持てるWebの文化もその延長線上にある。
翻って、今日主流のChatGPTやGemini、Claudeといったサービスは、一応、ユーザーを理解してあなただけのために作られた返答をしてくれるが、映画「her」(せかいでひとつの彼女)の人工知能のように、根っこでは1つのAIとしてつながっている。
こうしたモデルが導くのは、世界中の全ての人々がAIから均等にパワーをもらう同質な社会だ。同質の人が大勢いるから、不要な人もたくさん生まれてきてしまう(実際にはAIはサブスクリプションの料金によって差別をしてきそうだが)。
私はそうではなく、iPhone/iPad/Macに内蔵されたAIが「あなただけのAI」として成長する――つまり、ちゃんとあなたの秘密を守りながら、あなたの趣味嗜好(しこう)を深く理解し、あなたの個性に合わせて能力を伸ばしてくれる――そんな風になれば、人々の個性がより大事になり、みんなが必要とされるようになり、世の中はもっと豊かになるのではないかと思っている。
学生時代も含め、45年以上Appleを見てきた勘で書かせてもらうと、私はAppleが目指すAI社会は、こちら側ではないかと思っている。
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