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林信行が読み解く Appleが4つのサービスで見せた良質なサービス作りの姿勢(2/3 ページ)

Appleという世界一資金を潤沢にもつ企業が、その資本力を投じることで、もう1度、それぞれのサービスに本来の良さを取り戻そうとする姿勢――これに筆者は“ノブリス・オブリージュ”を感じずにはいられない。

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プラットフォーマーの強みを生かした質の高い電子メディア

 今回の4つの発表のうちの2つはApple News+とApple TV+、つまりApple謹製のメディアサービスだったが、これもこれで競合会社にも是非とも参考にしてほしい部分が多い。

 インターネットの登場でマスメディアの世界は大きく変わった。インターネットがまだ普及途上だった20世紀の間は、国境をまたいで情報を検索できることや、簡単にコピー&ペーストしたり、印刷できたりする部分など、オンラインメディアのいいところばかりに人々が注目していた。

 しかし、その後、「ネット広告」のビジネスが大きくなってくると、そこからさまざまなゆがみが生じてきた。アフィリエイト広告だけのサイトやら、扇情的な見だしで読者数を稼いで広告収入を得る質の低いメディア、さらに最近ではフェイクニュースなども問題になっている。だが、広告収入に頼らなくてもビジネスを展開できるAppleなら、別のアプローチでメディア事業を展開できる。

 Apple News+を発表するにあたって、ティム・クックCEOは人々の心を踊らせる写真や、新しい発見を促す良質な記事、世界の今を知らしめるジャーナリズムの大切さなど、従来の紙の新聞や雑誌の魅力を改めて聴衆に語りかけた。だが、いま私たちが一番触れているインターネット上のメディアに、そうした良質なコンテンツはどれくらいあるだろうか。

 これが2つのメディア関係の発表に通底する共通のテーマだったように思う。

 Appleはフェイクニュースが今ほど深刻な問題になるはるか前の2015年ごろからApple Newsというサービスを無償で展開してきた。これはAppleが厳選した良質なメディアの中から、その日読むべき記事を人間のキュレーターが選別してユーザーに届けるというサービスだ。今回の発表の中で、このサービスを「閲覧数やいいねの数に惑わされない良質なメディアサービス」と評した米国の記事が紹介され、今、世の中に求められているのは、利潤追求という資本主義の原理原則に頼らない、こうしたメディアなのではないかと改めて思わされた。

 Apple News+は、この定評のあるApple Newsを基盤に、Wallstreet JournalやLA Times、TIMEやVogue、GQといったメジャー誌紙を含む300種類の媒体が月額9.99ドルで読み放題になるサービスだ。


300種類の雑誌が月額9.99ドルで読み放題になるApple News+

 日本にも同様の月額料金で読み放題のサービスはあるが、そこで配信されているPDFベースの雑誌のページをめくっても、紙の雑誌のようなトキメキはなかなか生まれてこない。一方、Apple News+では、iPhoneで開いてもiPadで開いても、その画面サイズを最大限に有効利用した美しいレイアウトで記事が表示されるのはもちろん、動く表紙であったり、ちょっとしたアニメーションといった効果も用意して雑誌を読むときの楽しさの再現も試みている。

 アニメーションなどで楽しさを演出した電子雑誌という試みは、タブレット登場以降、かなりたくさんあった。だが、世界でもトップクラスのソフトウェアデザイナーを抱えたAppleのチャレンジに期待するのは、ほんのちょっとした指さばきでも伝わってくる心地よさといった言外の体験の質の高さだ。

 ただ、紙の雑誌も作りつつ、動的なコンテンツを作り込むというのは、出版社に対して負担を強いることになる。出版社がどれくらい付き合い続けてくれるかも課題ではあり、しばらく時間がたってみないと本当に続くのか分からない部分がある。

 だが、Appleのサービスともなれば、iPhoneやiPadの標準サービスとして、これまでのベンチャー系のオンライン雑誌サービスよりもはるかに多くの利用者を見込めるだろうし、出版社に対して継続的に十分な利益をもたらすことができるのだとすれば、出版社もそれだけの労力をかけ続けてくれるだろう。ここが、これまでのベンチャー系のオンライン雑誌サービスとは異なるApple News+で期待できる部分だ。

 では、Apple TV+はどうだろうか。Apple TV+とは、AppleがApple TVやMac、iPhone、iPad用に米国など10カ国で提供しているApple TVアプリで視聴できるAppleオリジナルのコンテンツのことだ。ここでもティム・クックCEOは「Great Story Can Change the World(良質なストーリーは世界を変えることができる)」と語り、この新しい事業を立ち上げるにあたってスティーブン・スピルバーグやソフィア・コッポラ、J.J.エイブラムスやロン・ハワードといった著名な映画監督らと組んで作品作りに臨んでいることを明かした。

 発表会で具体的に制作した作品の内容を明かしたのはスピルバーグとJ.J.エイブラムス、セサミストリート、オプラ・ウィンフリーなどの7コンテンツだけだが、それ以外にもそうそうたる布陣で良質コンテンツ作りに臨んでいるようだ。


Apple TV+のオリジナル作品はスティーヴン・スピルバーグなど著名な映画監督が手掛ける

 実際に人々を感動させ、世界を変えるほどのコンテンツが出てくるのかは、秋に作品が公開されてからでないと評価はできないが、登壇したコンテンツの関係者らはApple TV+に大きな期待を寄せているようだったし、イベントに参加していたオーディエンスの方も大喝采で彼らを迎え、かなり期待を寄せているようだった。

 Apple TV+は世界100カ国以上で展開するということで、日本でも見られる可能性は十分に期待できる。また、筆者としてもう1つ期待したいのは、そうなった場合に、日本でもMacやiPhone、iPad用のApple TVアプリがリリースされることだ。

 同アプリでは5月からHBOやHuluなど、Appleが提携する映像配信会社(日本でいうところのWOWOWやスターチャンネルのような会社)のコンテンツが、アプリの切り替えをせずに楽しめる。

 最近、日本でもさまざまな映像配信系のアプリが充実してきたが、彼らの多くは決して配信アプリ作りのプロではなく、正直使い勝手が悪い映像配信系アプリも少なくない。そんな会社にとっても、使う側のユーザーにとっても、Apple製アプリの心地よい体験を通して映像を配信できることは大きな強みとなることだろう。

 なお、Apple News+とApple TVサービスの両者で操作感以外にも共通しているのが、人間の専門家がコンテンツを吟味、厳選していること、ユーザーの趣向にあわせたレコメンドの提供、それでいてユーザーがどんなコンテンツを見ているかなどの情報はApple側には一切伝わらないという、もはやAppleが全精力を傾けて誓っている個人情報の保護を徹底していること、そして購読を申し込めば同じ料金で同じ世帯の家族全員が楽しめるファミリー共有に対応していることだ。

 Appleは、これらをApple謹製サービスの共通の基準と考えているようだが、これらも他社にもぜひとも見習って欲しい基準といえる。

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