インクジェットはまだまだ進化する エプソンの碓井会長が語るマイクロピエゾからPrecisionCoreへの歩み:IT産業のトレンドリーダーに聞く!(セイコーエプソン 前編)(3/4 ページ)
新型コロナウイルスの5類感染症変更など、世の中の環境、経済状況や社会情勢が激変する昨今。続く円安や物価上昇の中で、IT企業はどのような手を打っていくのだろうか。大河原克行氏によるインタビュー連載の第6回はセイコーエプソンだ。
短期間でヘッド開発を実現し「MACH」と「MLChips」が生まれた
―― マイクロピエゾ方式に関して、本格的な開発に着手したのはいつからですか。
碓井 1990年6月に「KHプロジェクト」をスタートしました。KHは「緊急ヘッド」の頭文字で、とにかく短期間で新たなヘッドを作り上げることが目標になりました。
ベースとなったのは、これまでお話してきた技術や考え方であり、これをいち早く量産につなげることに取り組んだのです。目標とした量産時期は2年後です。実際には、1992年末に量産化することができました。ここで生まれたのが「MACH」(マッハ)であり、その名称はMulti-Layer Actuator Headの頭文字からつけました。
MACHのノズルは、当時の技術では90dpiしかできず、平面的にノズルを配列し、密度を高める構造にしています。ただその一方で、従来からのインクジェットプリンタを開発していたチームが持っていたノズルプレートなどを活用したり、生産技術部門に蓄積したノウハウを活用したり、設計部門が持っているドライフィルムの技術を使ってキャビティを作ったり、それらの蓄積をベースに改良したりといったこともあり、これらが短期間での量産化につながっています。
できることを選択し、使えるものは使うということを最優先にしました。例えば、1995年には180dpiへと進化させましたが、このときにはピエゾを加工するための装置も独自に作り、そこには水晶デバイスで使用していた技術を反映しています。
ただ、設計部門からはあまり信用されてなかったようで(笑)、キヤノンからバブルジェットのヘッドを調達し、これを採用したプリンタを1機種だけ、「MJ-300」として商品化しているんですよ。確かに、KHプロジェクトが成功しなかったときのリスクヘッジではあったと思いますが、私は絶対にできるという確信はありました。
社内にはインクジェットにまつわるさまざまな技術蓄積があったものの、これらが収れんできる形でまとまらなかったというのが、当時のエプソンだったともいえます。こうした蓄積した技術やノウハウをうまくまとめ上げられたことが、短期間での量産化につながっています。
また、ピエゾ素子を外部から調達しているとセラミックの部分にはタッチできにくいのは明らかです。KHプロジェクトではそこにフォーカスし、ピエゾを薄くし、変位を出すことに成功しました。
今だからいえるのですが、MACHはかなりのコストダウンができるということを社内に宣言していたものの、マイクロピエゾの構造は複雑ですから、結果として従来のピエゾと比べても、ヘッドそのものはそれほど安くはなりませんでした。
当時は48ノズル/3500円でできるといっていたものが結果として5400円となり、1ノズルあたり100円という最低限の目標も達成できませんでした。ただ、プリンタ全体が小さくなったり、電源回りがコストダウンしたりしたことで、プリンタそのものとしては低価格化することができました。
―― KHプロジェクトでは、複数のマイクロピエゾヘッドの開発に着手していたようですが。
碓井 実は、KHプロジェクトに取り組みながら、私はもう1つのヘッド開発にも取り組んでいました。それはインク室をセラミックの積層によって作り、そこに薄いPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)の膜をスクリーン印刷するという方法です。
これは、ビデオプリンタのヘッドの開発を行っていた時に学んだ手法でした。ただ、この方式において一定以上に変位量を高めるには、ピエゾの材料を工夫しなくてはなりません。そのための材料開発を、研究開発本部にお願いをしていました。
ただKHプロジェクトでは、とにかく緊急にヘッドを作らなくてはなりませんでしたから、こちらの方式ではいい材料がなかったり、まだまだ改善しなくてはいけない部分があったりし、現実的にすぐに完成させられる手段が見当たらなかったので、1つのアイデアに位置づけて開発を進めていました。
これが後の「MLChips」(Multi-Layer Ceramic Hyper Integrated Piezo Segments)につながっています。ポテトチップスのようなピエゾを、マルチレイヤーで使用するというところから命名しています。
MLChipsは、キヤノンのバブルジェット方式との競争を考えてのことでした。MACHでは構造が複雑なこともあり、価格競争力には限界があると考え、それを補完することができる技術として小型化し、低価格化できるヘッドの開発を進めたのです。
さらにMLChipsは、2007年に発表したマイクロピエゾTFヘッドにつながっています。MLChipsの構造を元に、ピエゾ素子を1μmにまで薄くすることを目指し、ピエゾ層を印刷して一体焼成して作ることにしました。これは、マイクロピエゾ方式の第3のヘッドとなっており、その成果は、2013年に発売した「PrecisionCore」(プレシジョンコア)につながっています。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
エプソンがレーザープリンタを終売し、インクジェットへ全振りする理由
セイコーエプソンがレーザープリンタを2026年に終売し、インクジェット方式に一本化するという。脱炭素社会の実現を目指す戦略的モデル「WorkForce Enterprise<LM>シリーズ」の発表と合わせ、その理由を語った。
エプソン、インクジェット複合機「WorkForce Enterprise<LM>」を2023年2月上旬に発売 レーザープリンタは2026年までに終売へ
セイコーエプソンは、オフィス向けとなるA3インクジェット複合機「WorkForce Enterprise」シリーズを発表した。「脱炭素社会の実現」に向けた戦略機という位置付けで、複合機を含むビジネス向けプリンタは2026年までにインクジェット方式に一本化される予定だ。【更新】
エプソン、耐久枚数を大幅向上したビジネス向けインクジェット複合機を発表 家庭向け“カラリオ”新モデルも
エプソンは、ビジネス向けA4インクジェットプリンタ/複合機の新モデルとなる計3製品を発表した。
エプソン、壁際10cmからの超短焦点投写に対応したビジネス4Kプロジェクター「EB-810E」など8製品
エプソンは、超短焦点投写をサポートしたビジネスプロジェクターなど計8製品の発表を行った。
エプソン、13世代Coreプロセッサに対応したクリエイター向けデスクトップ
エプソンダイレクトは、第13世代Coreプロセッサを搭載したクリエイター向けミドルタワー型デスクトップPC「Endeavor Pro9200」を発売した。



