iPhoneの安心/安全はもはや国民が自ら意見を述べて守るしかない――「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の最終報告を受けて(1/4 ページ)
デジタル市場競争会議で検討されていた「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の最終報告が公開され、これを受けてパブリックコメントの募集が始まった。この流れを受けて、林信行氏がコメントを寄せた。
6月16日、官邸のWebサイトにデジタル市場競争会議で検討されていた「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の最終報告(案)が掲載された。これを受けて日本政府は、iPhoneでApp Store以外の他社ストアからもアプリを入手できるように法律で義務付けることを法案化していく。
iPhoneの安全を脅かす法案 行動を起こす最後のチャンス
これまで再三、指摘してきたiPhoneのセキュリティを著しく低下させる法案が、ついに立法に向けて本格的に動き出した。だが、まだ手遅れではない。
現在、政府は広く国民からの意見(パブリックコメント)を募集しており、その後で案を国会の審議にかける。
今の国会議員たちのITに関する知識や関心度に信頼を寄せていない人は、政府がこのままことを進めてしまう前に、しっかりとパブリックコメントを残してほしい。そうすれば、政府は「これは国民が大きな関心を寄せる重大事案」だと政治家たちも気が付く。
iPhoneの未来の安心安全は、このパブリックコメントにかかっていると言っても良い。
ただ、パブリックコメントを書く前に、そもそも何が問題なのかを、もう1度だけ整理してみたい。おそらくこれが最後だ。
iPhoneの安心/安全を守ってきたApp Storeは開発者の敵か味方か?
インターネット普及以前のデジタル機器、特にPCでは常にコンピューターウイルスの危険にさらされており、Windowsなど一部のOSではウィルス対策ソフトの導入が欠かせないという時代が長く続いた。
これに対してiPhoneは、2008年のアプリ解禁と同時に配布するアプリを1つ1つ手作業でチェックするという、信じられないほど手間のかかるアプリの配布方法を実践し、App Storeとして発表した。
確かに手間はかかるが、そのおかげでサービス開始から15年間、iPhoneはほとんど大きな問題も起きず、安心してプライバシー情報も預けられるデジタル機器として今の人気を築いた。
一方のAndroidも同様に審査を行うアプリストア「Google Play」を用意した。ただし、こちらはAppleほどは審査が厳しくない。さらにGoogle以外のストア経由でアプリを入手することも可能だ。このため、Androidではスマートフォン上の情報を盗み出すマルウェアや、スマートフォン上の情報を人質にしてお金を要求するランサムウェアの被害が時折報告されている。マルウェアの量も、iPhoneと比べると15〜47倍と極めて多い。
中には、Google Playそっくりの偽アプリストアも多く出回っており深刻な問題となっている。
審査の厳しいAppleのApp Storeは、マルウェアはもちろん、宣伝した要件を満たしていないアプリ、動作が不安定だったり使い勝手が悪かったりするなど質の低いアプリは、掲載が拒否される。担当者にもよるが、有望なアプリの場合は一方的に拒否するのではなく、どのように直したら良いかのアドバイスをしてくれるという。
わずか数人で営んでいる零細アプリ開発会社の中には、自分たちのテストで見落としていた問題点を発見してくれると、この審査のプロセスに感謝しているところもある。
確かに審査は厳し目だが、App Storeは世界の開発者に大きなビジネスチャンスも与えている。
最近、米ボストンの歴史あるコンサルティング会社であるAnalysis Groupがまとめた報告書によると2022年、世界におけるApp Storeの経済効果は1.1兆ドル(約153.7兆円)に上ったという(アプリそのものの売り上げや、アプリ内課金だけでなく、宅配サービスなどの物理サービスの売り上げや広告収入による売り上げも含む)。
日本だけに絞っても、460億ドル(約6.5兆円)だ。日本のアプリ開発者だからといって、日本でしかビジネスができないわけではない。App Storeでは、開発したアプリを世界各国に合計150あるApp Storeを通して海外でも展開できるのも大きな強みで、ゲームクリエイターなど日本を基盤にしながらも、App Storeを通して海外でも成功している人は少なくない。
ちゃんと良いアプリを作れば、大きな成功が待っている。しかし、そのためには厳しい審査も通らなければならない。すごく真っ当なことのように思えるが、ここで視点を変えてみたい。
あなたがマルウェアの開発者だったり、Appleが望む品質を提供できない開発者だったり、実際の中身とは異なる過剰な宣伝文句で売り上げを伸ばそうとしたりするアプリ開発者、あるいは公序良俗に反したアプリでひともうけしたいアプリ開発者だったとすると、自分たちの製品を扱ってくれないApp Storeの審査に対しては不快に思っていることだろう。
政府が設置したデジタル市場競争会議は非公開の情報も多く、そもそも何がきっかけでこの議論が始まったのか、直接のきっかけは明らかになっていないが、こういった不満を持つ誰かから、App Store以外からもアプリの入手を可能にすべきという要求が出てきたのだろう。
それを受けてデジタル市場競争会議が組織され、App StoreとGoogle Play、スマートフォンの標準Webブラウザ、さらには標準音声アシスタントがアプリ開発者らに公平な競争機会を与えているかの議論が始まった。
2年間の議論が行われた結果、冒頭で書いたようにAppleにApp Store以外からもアプリを入手できるように強制すると言う法案が提出されることになった(記事が長くなったため、本稿ではアプリストアの問題だけに焦点を絞る)。
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