iPhoneの安心/安全はもはや国民が自ら意見を述べて守るしかない――「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の最終報告を受けて(2/4 ページ)
デジタル市場競争会議で検討されていた「モバイル・エコシステムに関する競争評価」の最終報告が公開され、これを受けてパブリックコメントの募集が始まった。この流れを受けて、林信行氏がコメントを寄せた。
消費者(=国民)視点不在の議論
子供たちに政府の役割を教えるWebサイト「首相官邸きっず」には内閣が進める仕事の筆頭に「国民の暮らしを支える」と書いてあり「国民が健康で安心して暮らせるようさまざまな分野で政策を行っている」と補足が行われている。
今や、国内の携帯電話の96.3%がスマートフォンだという(モバイル社会研究所調べ)。スマホは災害時はもちろん、日常生活においても欠かせない重要インフラだ。そして多くの国民がスマートフォンは安全なものだと思って、友達の連絡先や日常のスケジュール、どんなアプリを入れているか、どんなWebサイトを見たかの履歴を預けている。
政府もそんな信頼できるデバイスだからこそ、ここにマイナンバーカードの機能を搭載しようともくろんでいるのだろう。
そんな大事なスマートフォンの将来を左右する重要な法案であるにも関わらず、今回の報告書をまとめたデジタル市場競争会議は、会議の名が示す通り終始一貫してアプリ提供会社の視点だけで議論を進めている。
もちろん、本当にそれで日本の経済が良くなる十分な勝算があるなら、日本の経済を良くするために努力してほしいというのは国民の願いだろう。しかし、それは「国民の安心安全な暮らし」という大前提が守れた上での議論のはずだ。
それにも関わらず消費者を軽視してきた今の政府の姿勢こそが、いまだに続くマイナンバーカードによる個人情報流出などの不祥事の一因にもなっているのではないか。
心理学者であるアブラハム・マズロー氏の有名な言葉に「ハンマーを持つ人には全てが釘に見える」というのがある。「デジタル市場競争」の議論では、そもそも消費者視点を代弁する委員がおらず、ただ、ひたすらアプリ開発者の「市場競争」の視点になってしまうのだろう。しかし、そういった偏った委員会の報告書に基づいて、国民の日常生活の道具のルールを勝手に決めてしまうのはいかがなものだろうか。
無菌室に穴を空けてマイナンバーカード機能を入れる縦割り行政の悪夢
政府のこの法案が通ると、どのような問題が起こり得るのだろうか。
これまでのiPhoneは、Appleの厳しい審査を通ったアプリだけが流通していた。悪意のあるマルウェアも質の低いアプリもほとんどない無菌室なようなものだ。
しかし一度、この法案が可決されれば、他にもアプリの入手経路ができることになる。無菌室に穴が開くわけだ。
これでどんな問題が起きるのか。
中には「他社のストアが危険ならば、使わなければ良いだけ」という単純な意見を言う人もいる。
実際、政府の最終報告書でも紹介されているが、Androidにある他社ストア、実はビジネスとしては全然うまくいっていなくて、2番目に人気のAmazon App Storeの利用者でも利用率は5%で他は1.5%未満と、ほとんど使われていない(つまり万が一、法案が通ってもかなり分の悪いビジネスなのだ)。
iPhoneの他社ストアも同様で、他社がApp Store以上の体験を作れるとは考えにくく、実際にはほとんど使う人がいないだろう。
しかし、例えばあなたの友達や家族のSNSを乗っ取った詐欺グループから、偽App Storeをダウンロードするリンクが送られてくる可能性がある。
ITmediaの各メディアを読むような読者には、そんな怪しい詐欺メッセージのリンクを踏む人はほとんどいないかもしれない。しかし、わずか数%でも誤ってリンクをクリックしダウンロードする人がいれば、それだけで詐欺師にとってはプライバシー情報を盗み出す入り口が作れ、大金を入手するビジネスチャンスになり得る。
詐欺師など悪意を持つ人々は、セキュリティにほんの少しでもほころびがあれば、そこを突いてくる。セキュリティに十分はなく、常に考えうる最高を施すのがセキュリティの鉄則だ。しかし、何よりも「デジタル市場競争」が大事な委員会にはそうした視点がない。
こうして15年間安心安全だったiPhoneのアプリ市場に、さまざまなデジタル不祥事を続ける日本政府によってほころびが作られようとしているのだ。
そういった事態にも関わらず、政府は一方ではiPhoneに保険証情報など極めてプライベートな情報が含まれる、マイナンバーカード機能も搭載しようとしているのだから驚かざるを得ない。
実際にはそれぞれの判断を行っているのが別の省庁だから、こうした統合的なビジョンのない整合性を欠いたことをやってしまうのだろう。これぞ縦割り行政の弊害だ。しかし、今回は笑い事では済まされず、それによって国民が危険にさらされようとしている。
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