Appleのサイドローディング問題、独占制限の新法は誰のための法案か(2/5 ページ)
2023年は、AppleやGoogleなどのアプリストアに関する「サイドローディング」問題の動きが継続的に話題に上った。その最新の動向を林信行氏がまとめた。
米IT企業をそのまま受け入れる必要はないが、規制のベクトルは消費者目線であるべき
日本経済新聞の記事への反応を見ると、見だしの付け方の効果もあってか、この流れに賛同する人も少なからずいる。多くは、同紙やこの法案を作った委員会が訴えるように、力を持ちすぎたシリコンバレー企業を法律で抑制するのはいいこと、といった論調だ。
こうした思いには筆者も賛同する部分がある。確かに米国IT企業は米国IT企業だけがさらにもうかるような仕組みを築き、支配的な立場を築いてきた。そこに対して必要な規制をかけるということには筆者も反対ではない。
Appleにしても、もしかしたら日本で利用が多い電子書籍などのコンテンツの支払い手数料に関してなどは、改善の余地があるかもしれない。しかし、代替アプリストア強制など詐欺の危険性を増大させ、国民を危険にさらす法律は方向性が間違っている。
国は詐欺行為などから国民を守るために、むしろIT企業の自由度を抑制する方向に規制を行うべきだろう。
特に大手ECサイトや広告サービスは、今では世界中で主要商品の価格設定に影響を及ぼしたり、プライバシー情報を搾取し続けたりと問題が多い。これに加えて販売者や広告主への審査が不十分で、それによって詐欺行為が横行し多くの被害者を出している状況は言語道断だと思う。こうした国民への被害も大きい質の低い審査は、規制を厳しくして締め付けるべきだ。
販売者や広告主の登録が多過ぎて対応しきれないというのがEC企業、広告サービス側の言い分だが、それなら出品者、広告主を減らしてでも厳正な審査の方を優先させるべきだろう。AppleがApp Storeで行っているのはまさにこれで、App Storeも手間のかからない自動審査にしていたら、提供アプリの数はもっと増えていたはずだ。
しかし、Appleはそれをやらず厳しい審査の結果、2022年には160万本のアプリの登録申請を却下したという。これはApp Storeで提供中のアプリ総数に匹敵する数だ。審査が厳しすぎるが故に、アプリ数という製品の魅力を半分にまで削いでいる。
Apple以外の会社がアプリストアを提供するとなると、少しでも審査を甘くした方がストア運営の利益につながりやすい。一方のAppleは手数料こそ取っているものの、円滑なストア運営を継続すべく。iPhoneの製品イメージが下がることこそが問題という姿勢で厳しくアプリを審査している(もちろん、もうけの部分も当然あるが)。他社のストアに、これと同様の厳しい審査へのモチベーションがあるのだろうか?
もちろん、Appleもここまで審査を厳しくしてしまうからこそ、一部のアプリ開発者から恨みを買う部分はあると思う。却下されるのは悪質アプリ(マルウェア)ばかりではなく、アダルトコンテンツなどの万人向けでないアプリも含まれる。ただし、Appleも譲歩しており、昔に比べたら、かなり審査は緩くなったという。
また、コンテンツを別途Webなどで登録してダウンロードさせるコンテンツビュワー的なものも許されており、ある程度は自由に流通するように融通はしている。
こうした厳しい歯止めを無くせば、確かにiPhone用アプリはさらに増えるだろう。でも、それでは「誰もが安心して使えるスマートフォン」という長年守ってきた安心感が崩れてしまう。
これからの時代、スマートフォンにはますます多くのプライベートな情報が集中することになる。だからこそ、その安全性を担保し安心を守るというのがAppleの考えで、これが支持されて多くの人々がiPhoneを利用している。
では、万人向けでないアプリはスマートフォン上で展開できないのか、というとそんなことはない。そういう人たちのためにはライバルのAndroidがある。Androidは、こうした部分の規制が緩いし、既に第三者が運営しているストアもある。
だから、Apple Storeではおよそ流通しないようなアプリも多数出回っている。そうしたアプリを使う必要がある人がいるなら、Androidを使えばいいという多様性が現時点ではある──「誰もが安心して使えるiPhone」と「スマホ上でもっと自由を楽しみたい人向けのAndroid」の共存で、これまでうまくすみ分けができていた。
だが、今回の規制は国民の安心安全を守るために、より基準が厳しいiPhoneの側に合わせるのではなく、より危険が伴うAndroid側の基準にiPhoneも合わせることを強要することになり、だからこそ大問題なのだ。
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