ジョブズ氏の帰還からAI時代へ――Appleが描く「パーソナルAI」の未来は原点回帰なのか:Apple 50年史(後編)(2/5 ページ)
1996年末のスティーブ・ジョブズ氏の復帰を皮切りに、AppleはNeXTのオブジェクト指向技術を取り入れ、次世代OSへの抜本的な刷新を図った。Appleが歩んだ50年のイノベーションの軌跡と未来を考えてみた。
1種類の製品とBTOで多彩なニーズに応える
この1996年末のスティーブ・ジョブズ氏復帰から、Appleは驚くような快進撃を始める。
1997年、Appleの株価は一度、12ドルほどまで落ち込むが、夏にジョブズ氏が経営権を握ってからは財政状態が一気に好転し黒字が続く。当時、12ドルで買った1株は、その後、何度かの株式分割を経て、現在では900倍以上の1万1000ドル近い価値を持っている。この時期のジョブズ氏の意思決定はビジネス視点で非常に学ぶことが多いが、この記事ではAppleの製品のイノベーションだけに焦点を絞りたい。
1997年の秋、Appleの製品は「Power Macintosh G3」の1種類のみだった。しかし、同時発表のオンラインストアでのBTO(Build to Order)のおかげで、豊富な構成のバリエーションを選べた
当時、Appleの赤字の最大の原因は製品が多過ぎて大量の在庫を抱えていることだった。この問題を解決するため、Appleは一度、製造する製品をゼロにして再始動する。
その後、1997年秋に高いパフォーマンスを安価に提供することが期待されユーザーから熱望されていたプロ用デスクトップ機、「Power Macintosh G3」というたった1製品で事業を再始動した。
たった1製品でもあらゆるニーズに応えられるように、製品発表と同時にオンライン直販サイトの「Apple Store」を開設し、搭載メモリ容量やHDD容量などの構成を選んでオーダーできるCTO(またはBTO)をスタートさせた。
実はこれが同様のサービスを提供していた、Compaq Computerからヘッドハントしてきたティム・クック氏が手掛けた初の表に見える成果だった。
レガシーフリームーブメントを先導
翌1998年、Appleはプロ用ノート型の「PowerBook G3」とコンシューマー用デスクトップ機の「iMac」を同時に発表した。それまでのパソコンと見た目が全く異なるiMacが世界的に大きな話題となり、大成功を収めたことは今さら語る必要はあるまい。
このiMacは、コンシューマー製品としてディスプレイと一体型で空冷ファンがないことが望ましいというジョブズ氏のこだわりで作られ、製品を開封してから3ステップでインターネットにつながる簡単さを売りにしていた。技術的にはそれに加えて、レガシーフリーと呼ばれる、パソコンの性能向上や使い勝手向上の足を引っ張っていた古い技術を一気に切り捨てた点でも注目に値する。
それまでのMacは、マウスやキーボードを接続するADB(Apple Desktop Bus)と呼ばれる端子、プリンタやFAXモデム(固定電話に接続する機械)を接続するシリアル端子、HDDやCD-ROMの接続に使われていたSCSI(スカジー)端子といった異なる種類の端子がたくさん付いていたが、iMacではこれらが全てUSBに集約された(FAXモデムは本体内蔵)。
レガシーフリーで特に大きかったのが、それまでソフトやデータを交換する際に日々使われていたFDDを廃止したことだった。
当時のソニー社員によれば、ジョブズ氏も最初はFDDの代わりに物理的にデータを手渡しできる方法が必要と考え、iMacにソニーのメモリースティックを搭載することも検討していたという。
しかし、最終的には既に電子メールも普及し始めていたこともあり、レガシーフリーであることを強調するためにも、あえてUSB以外の装備はなくす方向で決断したという。
さらにAppleは1999年、持ち歩けるiMacをコンセプトにした4つ目の製品「iBook」を発表。ここからしばらく、Appleはプロ用とコンシューマー用に、それぞれデスクトップ型とノート型という2×2=4種類の製品で全てのユーザーニーズを賄うことになる。
ちなみに、このiBook発表時、同時に発表されたのが無線LANルーターの「AirMac」だ(米国での商標はAirPort)。当時、既に携帯電話網を使った通信カードをパソコンに挿して、いつでもどこでもインターネットに接続できる技術は一般化していた。このため、アクセスポイント周辺でしか通信できないWi-Fiのメリットを理解できない人も多かった。
Wi-Fiの元になった技術はかなり古くからあり、1997年には2Mbpsで通信できるIEEE 802.11規格が発表されていたが、Appleはこれでは速度が遅いと考え、当時の家庭内ネットワークとほぼ同じ速さの11Mbpsで通信できる次の規格、IEEE 802.11bに照準を定めていた。
実はiBook発表のタイミングではIEEE 802.11b規格は正式に決まりきっていなかったが、暫定のIEEE 802.11bで製品化を行い、その後、ソフトウェアアップデートで正式なIEEE 802.11bにアップデートした。同年秋にWi-Fi製品の互換性と普及を推進する業界団体「Wi-Fiアライアンス」(当初はWECA)が誕生し、Wi-Fiの商標登録が行われたことからも、iBookはいわゆるWi-Fi機能を内蔵した最初の製品であると言っていい。
Appleの強みは、製品の仕様を自社で決められることにある。それ以外のメーカーでは、互換機能が多い方が満たせるニーズが広いため、いつまでも古い技術を引きずりたくなってしまう。
AppleはiMacやiBookで、前進するには古い技術を切り捨て新世代の技術へ移行することが大事だということを体現し、他の多くの会社にもインスピレーションを与えたのではなかろうか(もちろん、利用する側のユーザーが戸惑ったり困ったりする場面は多々あったが)。
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