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GoogleによるMotorola Mobility買収、3つのメリット神尾寿のMobile+Views

突如発表された、GoogleによるMotorola Mobilityの買収。規制当局の承認を得る必要はあるが、この買収が完了することでGoogleにはどのようなメリットがもたらされるのか。大きく3つのメリットがあると考える。

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 8月15日(現地時間)、GoogleがMotorola Mobilityを約125億ドル(約9600億円)で買収すると発表した。Motorola Mobilityは、2011年1月にMotorolaの携帯電話事業と家庭向けセットトップボックス(STB)事業を分社化したもの。今回の買収によりGoogleは、1989年の「MicroTAC」発売から続く“老舗の携帯電話メーカー”を掌中に収めた。

 世界最大のネット企業であり、スマートフォン向けのOSプラットフォーム「Android」を提供するGoogleが、自らハードウェア事業を生業とする“メーカー”を買収するメリットはどこにあるのか。それを考えみたい。

激化する特許紛争への布石

 Googleは、なぜMotorola Mobilityを買収したのか。

 その理由として、シリコンバレーのアナリストやジャーナリストが挙げるのが「モトローラが保有する特許の獲得」だ。周知のとおり、スマートフォンを軸としたモバイルIT市場は、今後のIT/インターネット産業の未来そのものだ。ここでのプロダクト・サービスの競争が激しくなる一方で、モバイルIT分野における特許紛争もまた激しくなっている。

 この特許紛争という視座に立つと、Googleは弱い立場にあった。同社は革新的なサービスで成長した企業なので保有特許が多そうに見えるが、米特許商標庁のデータベースによると実際の保有数は750件程度。特にモバイルIT分野の特許が弱い。

 逆にモバイルIT分野の特許で見ると、強い立場にあるのがQualcommやNokia、AppleやMicrosoftなどだ。QualcommやNokiaはモバイルIT分野の基本特許を多く持ち、一方のAppleやMicrosoftはスマートフォンやタブレット端末の特許で強い。

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Qualcomm本社には過去に取得した特許のパネルを掲げた「パテントウォール」がある。モバイルIT市場は積層的に多数の特許が組み合わされているため、“どれだけ重要な特許を、多く所有しているか”が重要になる。

 例えばQualcommでは、2010年7月時点で米国だけで1万3200件、全世界で7万7700件の特許を取得もしくは申請している。同社は2011年に入っても世界各国でCDMAやOFDMAの通信機器やサービスで必須となる基本特許を数多く取得し、モバイルIT分野で強大な特許ポートフォリオを組んでいるのである。

 このようにモバイルIT市場では、基幹的な通信技術からネットワーク制御、OS、さまざまな階層・分野のソフトウェア技術、UIに至るまで、多層的かつ複雑に各社の特許が入り組んでいる。これまでのGoogleは、モバイルIT市場の特許紛争という観点で見れば、「丸腰で戦場を歩くような」状態だったのだ。

 一方、Motorola Mobilityの前身であるMotorolaは、1950年代から半導体事業を立ち上げ、1989年からモバイル通信産業に参入している。2010年に無線インフラ事業をノキアシーメンスに売却したとはいえ、無線通信技術を中心に世界で1万7000件程度の特許を持っている。Googleが同社を買収することで、モバイルIT市場の特許紛争で身を守るための「武装を手にする」ことができる。これはGoogleにとって、大きなメリットと言えるだろう。

ハードウェアとソフトウェアの連携で開発力を強化

 GoogleがMotorola Mobilityを買収する2つめのメリットは、Android OSの開発力の強化だ。

 周知のとおりGoogleは、これまでAndroid OSというソフトウェアに的を絞った開発体制を敷いており、ハードウェア開発との連携が不可欠な部分は複数のメーカーとの共同開発体制で進めてきた。実際、Android陣営のメーカーにとって「Googleとの先行共同開発にどれだけ人を送り込めるかが、その後の競争を左右する重要課題」(メーカー幹部)だったのだ。

 このGoogleと複数のメーカーとの関係は、当面は変わらない。

 今回のMotorola Mobility買収にあたり、Googleのラリー・ペイジCEOは「Motorolaの買収でGoogleの特許ポートフォリオが強化されることで、競争は激化するだろう。これにより、われわれはMicrosoft、Appleその他の企業からの反競争的脅威からAndroidをより強く守れるようになる」とコメント。それに続けて、Samsung電子、Sony Ericsson、HTC、LG Electronicsなど主要なAndroidスマートフォンメーカーが今回の買収に支持を表明したことからも、GoogleがAndroidの“複数メーカーによるオープンな連盟”の維持に最大限の腐心をしているのは明らかだ。

 しかし、このGoogleの方針はあくまで「公平性の担保」を意識したものであり、Motorola Mobilityのノウハウやリソースをまったく使わないというわけではない。

 AppleのiPhoneを見れば分かるとおり、優れたスマートフォンは、ハードウェアとソフトウェアの絶妙な調和が重要になる。特に今後さらに重要となる「きめ細かなバッテリー管理・消費電力の抑制」や、複雑化・高度化する「無線通信技術の制御」といった部分でより優れたソフトウェアを開発するには、ハードウェアとの緻密な連携や開発ノウハウの蓄積が欠かせない。

 Googleが対外的に公平性を示すためにMotorola Mobilityとどれだけ距離を置くかは分からないが、少なくとも今回の買収で、“ソフトウェアとハードウェアの緻密な開発”をするためのカードを得たことは間違いない。これは他の協力メーカーとのパワーバランスを取る上でも、今後の重要な布石になるだろう。

「販売チャネル」と「市場からのフィードバック」

 そして3つ目のメリットとなりそうなのが、Motorola Mobility買収によって、Googleが「スマートフォン市場との直接的な接点」を持つことだ。

 Androidは多くのスマートフォンメーカーが採用しているが、当のGoogle自身は、ユーザー・市場と直接向き合うのが下手な企業だ。かつてリファレンスモデルの「Nexus One」の一般販売では失敗し、それ以降、Googleはスマートフォンの一般販売やユーザーサポートからは遠ざかり、そこはメーカーやキャリア任せにしてしまった。

 一方、Appleは“ユーザーとの接点”をとても重視している。その象徴ともいえるのが直営店のApple Storeで、これはApple本社直轄の施設として管理。販売・サポートの拠点施設とするだけでなく、店頭での接客やサポート業務からユーザーの潜在ニーズや不満を汲み上げる“フィードバック機構”の役割を担っている。

 スマートフォンが今後、ギーク層から一般ユーザー層のものになることを鑑みれば、販売チャネルとの直接的な接点を持ち、販売やサポートを通じて、ユーザー・市場からのフィードバックを受ける仕組みを持つことは重要だ。Googleがこうした“リアルでの接点”をどれだけ重視し、活用できるかは不分明であるが、少なくとも今回の買収が「一般市場との距離を縮める」ことになることは、前向きな要因と捉えていいだろう。


 GoogleによるMotorola Mobilityの買収は、2011年末から2012年初旬には完了する見込みだ。Googleがこの買収をどれだけ生かし、今後のAndroidエコシステムをどれだけ発展できるのか。期待を持って見守りたい。

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