News | 2002年7月15日 10:58 PM 更新 |
「有機EL」は、高コントラストや広視野角、高速応答性といったテレビに不可欠な性能を、厚さ数ミリという超薄型パネルでも可能にする。だが、実用化へ課題も山積しており、中でも発光効率の改善は、大きな問題だ。そんな中、従来の有機ELで採用されている蛍光に対して約4倍の発光効率アップが見込める「燐光性高分子有機EL」が、注目されている。
RGBの3原色による燐光発光を行う高分子系有機EL素子を世界で初めて開発したNHK放送技術研究所を訪ね、表示・光デバイス部門主任研究員の時任静士氏に燐光性高分子有機EL材料について聞いた。
飛躍的な発光効率アップを見込める「燐光」とは?
有機ELの発光過程では、蛍光のほかに「燐光」と呼ばれる励起(低いエネルギー状態から高いエネルギー状態へ電子の軌道が変わること)による発光現象が発生しており、励起の発生確率は1対3と燐光の方が3倍高い。つまり、燐光系の材料を用れば内部量子効率(励起によるエネルギーが光に変換される割合)を大幅に向上することができるのだ。
「蛍光の発光効率は理論値で25%。しかし、素子はガラス基板や封止材料で覆われているため、発光材料から放射された光が外部に出てくるまでに8割をロスしてしまう。これが、“蛍光の発光効率はどんなに頑張っても最大で5%まで”と言われてきた理由だ。しかし燐光の励起も光に変えると、蛍光の励起と合わせて理論上は100%の発光効率が可能になる。8割のロスを考えても、蛍光単独の4倍となる20%の発光効率が得られるわけだ」(時任氏)。
ただ、燐光は液体窒素の中などマイナス200度近くの超低温環境でしか観察されず、常温で観察されることは極めて稀とされてきた。「これまで燐光の励起エネルギーは、光ではなく熱として放出されていた」(時任氏)。
それが、近年の材料研究の発達によって、低分子系であれば燐光性有機ELが実現可能になった。昨年4月には、ソニーが低分子系の燐光性有機ELディスプレイを米Universal Displayと共同開発すると発表したほか、パイオニアなどでも燐光性低分子有機ELディスプレイの研究開発が進んでいる。また米Princeton大学では、緑色で19%の発光効率を達成したとの学会報告が行われている。
ただ、低分子系では柔軟性に乏しく、折り曲げたり丸めたりできない。また、水分や高エネルギー粒子に弱いという低分子材料の特性から、シャドーマスクによる真空蒸着方式でしか作れないなど、製造プロセスでの制約もある。「真空蒸着の製造装置は億単位と高価。それに加え、シャドーマスクの移動はマイクロメートル単位の精度が必要で、大型化した場合、歩留まりが極端に悪くなる。それに比べて高分子は、印刷方式やインクジェット方式などシンプルなプロセスで製造できるため、高精細で大画面の有機ELディスプレイを安価に作れる」(時任氏)。
NHK放送技術研究所は昭和電工と共同で、高分子系の燐光性有機EL材料を開発。これを使って昨年9月に、世界で初めて赤・緑・青(RGB)3原色の燐光性有機EL素子を試作することに成功した。その発光効率は、緑が6.8%、赤が5.4%と、試作第1号モデルの段階ですでに、限界値と言われていた5%を上回る数値を叩き出している。
「従来超えられなかった5%をいとも簡単にクリアできたことで、将来的への期待が高まった。課題は青の発光効率で、現在は2.8%と他の色に比べて半分以下。しかし青色に限らず、発光効率の向上はデバイスの構成や材料の改良で解決できる」(時任氏)。
現在主流の蛍光タイプでも、高分子系は低分子系に比べて発光効率の改善が課題となっていた。コスト面や大画面・高精細化で有利な高分子系は将来的には有機ELの主流になっていくのは確実とみられている。それだけに、発光効率を飛躍的に高める燐光への期待は、業界でも大きい。しかし残念ながら、我々が実際に手にするのは、まだ当分先になりそうだ。
「燐光性高分子有機ELの研究開発は、今年度がスタート年。5年後に、小さくても燐光ならではの特徴がつかめるものを試作し、10年後には実用化に近いプロトタイプを作るというスケジュールを考えている。最低でもB5ぐらい、できればA4ぐらいの大きさで巻き物のように丸められるディスプレイを作りたい。最終的には、印刷方式で生産できるという高分子系の利点を生かして、50〜60インチといった大画面テレビもこの有機ELで作れるようになるだろう」(時任氏)。
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[西坂真人, ITmedia]
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