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LLMの“次に来るAI”? NVIDIAが推進する「フィジカルAI」とは何か、識者に聞いた(3/3 ページ)

米NVIDIAが推進する「フィジカルAI」。その仕組みや実現への課題、今、注目されている理由などを、AI開発企業Laboro.AI代表の椎橋徹夫氏に聞いた。

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なぜ今、フィジカルAIなのか? NVIDIAの戦略

――そもそも、なぜ今フィジカルAIが注目されているのでしょうか

椎橋:自動運転技術の進化が一つの転換点になっています。これまで自動運転の開発がずっと進んできて、かなり実用化に近づいてきた。そして次は、ヒューマノイドロボットのような汎用的なロボットが大量に出てくる時代が来るといわれています。

 しかし、こうしたモビリティやロボットを制御するためのAIは、先ほど話したようにLLMの延長では作れません。物理空間の中で瞬間的に意思決定をして、適切な行動を取る必要があるからです。

――NVIDIAはこの流れをどう見ているのでしょうか

椎橋:NVIDIAはもともと、自動運転用のAIを作るためのGPUやソフトウェアプラットフォームを提供してきました。Teslaも米Googleも、大量のGPUを使っています。自動運転の頭脳を作るために培った技術を、今度はロボットの脳みそを作るためのプラットフォームとして展開する――これがNVIDIAの戦略です。

 NVIDIAは、Omniverseの他にも、AIモデルのトレーニング用の「DGX」や、実行用の「Jetson」などのプラットフォームを提供しており、フィジカルAIの開発から実装まで全体をカバーするエコシステムを構築しています。


OmniverseとDGX、Jetsonでエコシステムを構築

 フィジカルAIは言語空間ではなく、物理空間のモデルを作るという壮大な挑戦です。自動運転やロボティクス、製造業のデジタルツイン――これら全てがGPUを大量に必要とするわけです。

日本企業の勝機は 「すり合わせ」のAI化?

――日本企業はLLMでもロボティクスでも出遅れています。勝機はあるのでしょうか

椎橋:今からLLMやロボットAIで勝負しても勝てません。しかし、フィジカルAIにはまだ誰も手をつけていない領域があります。今まで話してきた自動運転やロボットは、マクロな運動制御です。でも、もっとミクロなレベル――ナノレベルでの物理化学的な制御という領域があります。

 例えば、日本が強みを持つ素材の代表例であるファインセラミックス製造。超高温の炉で焼くプロセスは、正確なシミュレーションもできないし、データも取れない。しかし、経験とノウハウで狙った性能のものが作れます。これが日本の「すり合わせ」(製品開発で、部門間で相互に情報を交換・調整しながら、製品の性能を高めていく手法)の強みです。

――なぜファインセラミックス製造がフィジカルAIと結び付くのでしょうか

椎橋:すり合わせ型の製造は、物理化学現象の複雑な相互作用を、経験的に最適化するプロセスです。温度や圧力、材料の配合、時間――これらの無数のパラメータの組み合わせで、製品の品質が決まる。これは、フィジカルAIが得意とする「複雑な物理現象の予測と制御」そのものです。

 もしAIがこのプロセスを学習して、材料の配合や焼成条件を一発で出せたら革命になります。素材・材料だけでなく、そのファインセラミックスを使った精密部品である積層セラミックコンデンサーでも同じことが言えます。

 何層もの薄いセラミックシートを積み重ねて圧縮する複雑なプロセスを、フィジカルAIの基盤モデルに落とし込む。24年にノーベル化学賞を受賞した「AlphaFold2」(遺伝子配列情報から、タンパク質の立体構造を解析できるAIモデル)の、製造業版の基盤モデルを作るんです。

――つまり日本勢にはまだチャンスがあると

椎橋:フィジカルAIの本質は、物理世界を理解し、予測し、制御することにあります。LLMが言語の世界を制覇したように、フィジカルAIは物理世界全体が対象です。日本には世界最高のロボット技術と精密な製造ノウハウがある。これとAI技術を組み合わせれば、新しい産業革命を起こせます。「デジタル敗戦」と言われた日本が、物理世界で逆転する最後のチャンスかもしれません。

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