あえてコンシューマーを狙う、ドコモのプッシュトーク戦略:神尾寿の時事日想
NTTドコモはFOMA 902iシリーズの目玉機能として「プッシュトーク」を導入してきた。同種の機能は海外ではビジネス向けとして普及しているが、あえてドコモが「コンシューマー向けサービス」として導入する理由は何か?
10月21日、NTTドコモがFOMA902iシリーズを発表。新サービスの目玉として、かねてから話題になっていたプッシュ・ツー・トーク技術(PTT)を使った新サービス「プッシュトーク」を投入した(10月21日の記事参照)。これは音声をIPベースでやりとりし、半二重通信ながら定額利用も可能なサービスを実現するもの。通信サービスの一種なので、複数のメンバーの参加やプレゼンス機能など、従来の電話サービスにない特徴も備えている。
海外の事例では、PTTは法人での利用が中心であり、それが一部の一般ユーザーにも広まってきているという状況だ。特に北米では、以前からボイスメールなど音声アプリケーションがビジネス用途で普及しており、PTTもそういった高度な音声サービスのひとつとして受け入れられている。
PTTの魅力は、定額化も可能という安さもさることながら、複数メンバーの参加やプレゼンス機能にあり、そこが半二重通話や遅延の問題を補うメリットになっている。こういった付加価値による実利は法人向けサービスでアピールしやすく、順当に考えれば、日本でも「まずは法人から」という戦略になる。実際、2004年6月にはドコモの中村社長が、「あれだけ米国で成功しているので、法人ユーザーを中心とした使い方として魅力あるサービスだと思っている」という発言をしている(2004年6月21日の記事参照)。
プッシュトークの普及戦略は現実的
記者会見終了後にNTTドコモの夏野剛氏と話をする機会があったのだが(10月19日の記事参照)、その時もプッシュトークが「まずはコンシューマー向け」であることが強調された。多くの一般ユーザーに受け入れられるように、プッシュトークを902iの基本機能とし、標準サービスではあえてプレゼンス機能を削った。料金プランをわかりやすくして、使いやすさを重視したという。
「プレゼンス機能は確かに便利だけど、(自分の状態を通知する)設定を普通のユーザーがいちいちするかというと、難しいと思う。メンバー選択のしやすさとか、契約なしでも使い始められるとか、(一般ユーザー向けの)使いやすさの部分が重要」(夏野氏)
他にも、プッシュトークの定額プラン「カケ・ホーダイ」がパケット料金定額制のパケ・ホーダイと分離している点なども、iモード利用の多いヘビーユーザーだけでなく、ライトコンシューマーまで広く使ってもらうための配慮だ。
むろん、PTTの“法人向け”としての海外の成功や、日本での法人市場での可能性を完全に切り捨てたわけではない。そのために存在するのが「プッシュトークプラス」のプランである。だが、ドコモの現時点の軸足は“コンシューマーでのプッシュトーク普及”にあり、そのために必要な機能の絞り込みが行われている。
プッシュトークを音声・メールに続く“第3のコミュニケーション”として、まずはコンシューマー市場に普及させる。海外でのPTT事例や、その機能的な本質を鑑みると、コンシューマーを強く意識したドコモの普及戦略に違和感を覚える人もいるだろう。白状すれば、筆者も最初は疑問を持った。PTTの実利は、ビジネスシーンでの生産性や合理性と強く結びつくからだ。
しかし、こと「日本市場において」で考えると、「ドコモの普及戦略は現実的で正しい」というのが、筆者の考えだ。なぜなら、日本の多くの企業は生産性や合理性を重視すると口では言うものの、新技術・新サービスの導入にはかなり保守的な傾向を見せるからだ。一部のITに強い企業を除けば、生産性・合理性よりも慣習や従来からのリテラシーの方が重視されるケースが多い。
iモードの時もそうだった。まずコンシューマー市場で大々的に普及し、社会的な認知が高まったところで、ようやく法人市場の芽が出たのが実際のところだ。新たな技術やサービスのトレンドがコンシューマーから法人市場に流れるというのは、日本の通信市場の特色であり、それを熟知しているドコモは今回もそのセオリーに従ったのだろう。
普及速度は“iモードと同程度”。2年で広がる?
プッシュトークはどのくらいのスピードで普及するか。
この点について夏野氏に意見を聞いてみたところ、プッシュトークについてはおサイフケータイよりも早い普及スピードだと予想しているという。
「おサイフケータイはリアル連携なので(普及期の本格化まで)3年を想定したけど、プッシュトークはもう少し早いんじゃないかな。iモードと同じくらいを考えている。iモードは2年で2000万契約に達したから、そのくらいのスピード(で普及)になるんじゃないか」(夏野氏)
プッシュトークはまったく新しいコミュニケーションサービスになるので、サービス開始当初は、ユーザーの反応は鈍いだろう。iモードも最初の6ヶ月程度は鳴かず飛ばずだった。しかし、半年を経過したころ、初期市場に火がつき、一気にコンシューマー市場が拡大していった。プッシュトークがiモードと同様のシナリオをたどるかは、サービス開始後の6〜10ヶ月間で新たなサービスの魅力をユーザーに理解させられるかにかかっている。
日本版PTTの普及というドコモの新たな挑戦に、期待を持って注目したいと思う。
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