買収審査を進めた米司法省(DOJ)と連邦通信委員会(FCC)は、2つの側面に注目した。1つは番組調達面での弊害、もう1つはブロードバンド市場における弊害だ。
FCCは、ディズニー(Walt Disney)やディスカバリー社(Discovery Communications)、CBSなど大手映画スタジオやテレビ局から番組調達に関する契約書類を積極的に収集し、分析している。ちなみに、収集した契約情報をFCCが公開しようとしたため、番組制作会社が慌てて「公開差し止めの仮処分を裁判所に申請する」というハプニングも話題を集めた。
コムキャストはDOJおよびFCCと買収条件に関する交渉を続けていたが、15年4月にDOJが正式に難色を示した。その理由は「買収によりブロードバンド市場における独占が進む」というものだった。
放送より、ブロードバンドを重視する政府の姿勢は、大きな関心を呼んだ。
米国ではコムキャストとTWCがリードするケーブル・モデムがブロードバンド市場で優位(注3)に立っており、それにFTTHのベライゾン(Verizon Communications)が対抗している。とはいえ、ベライゾンは固定網投資を縮小し、LTEによる放送サービスに力を入れている。15年5月、同社がAOL(ネットサービス4位)を44億ドル(約5500億円)で買収したのも、LTE放送の準備といえる。
AT&Tは昨年から光ブロードバンド整備に着手したが、まだまだxDSLへの依存が大きく、高速ブロードバンド競争では後手に回っている。こうした中、ケーブルモデムのトップ2社が合併すれば、コムキャストは同市場で独占的な位置を占めることになる。
また、中小企業向けブロードバンド市場への悪影響も懸念された。コムキャストの買収理由は、TWCの東部地域、特にニューヨーク地域を手に入れることだった。東部沿岸(ボストンからニューヨーク)は、西部沿岸(サンフランシスコからロサンゼルス)と並ぶ、米国2大通信市場で、既存ケーブル網(HFC)を使ったビジネス向けプロバイダー・サービスの急成長が期待できる。
ケーブルテレビ放送は将来、ブロードバンドに吸収される。このことは米ケーブル業界の常識となっている。だからこそニューヨークに強いTWCのブロードバンド事業は、コムキャストの成長戦略のかなめとなる。しかし、DOJもFCCもケーブル・ブロードバンドにおけるトップ2社の合併は弊害が多すぎると判断した。
こうして15年4月24日、コムキャストは「政府承認は得られない」としてTWC買収を断念した。
チャーターからドル箱のニューヨーク地区を奪おうと考えたコムキャストは、DOJ/FCCの反対から挫折した。そこには連邦政府の政策的な意図が色濃く反映している。
FCCのトム・ウィラー(Tom Wheeler)委員長は、チャーターがTWCと買収交渉を再開した後、両社のトップにわざわざ電話を掛けて「コムキャストの買収を阻止したからと言って、ケーブル業界における買収をすべて認めないわけではない」との意図を伝えている。こうしたことがメディアにリーク記事として流れることは異例だが、そこにはコムキャストの対抗軸としてチャーター陣営を支援する意図が感じられる。
従来、ケーブル事業者のブロードバンド投資を促進するため、FCCはケーブル・モデムに対する規制を控えていた。しかし、昨年あたりから、FCCはブロードバンドに対する本格的な規制導入へと姿勢を変えている。それはケーブル・モデムが市場で優位に立つ一方、ケーブル事業者は加入者減少が止まらない放送事業からブロードバンド事業へと軸足を移そうとしているためだ。
例えば、5月にシカゴで開催された今年のNCTA(National Cable TV Association)総会は、「Cable Show」から「INTX(Internet TV Expo)」に名称を変更し、ケーブルテレビという言葉が消えた。
基調講演でも、マイケル・パウエル氏(CEO、NCTA)は放送サービスを含めたブロードバンド事業の育成がケーブル業界の将来像であることを繰り返し述べている。一方、FCCのウィラー委員長もINTXに登場し、最近FCCが決めたネット中立性規制の説明を行い、ブロードバンドに対する規制強化の姿勢を鮮明にしている。
FCCとしては、チャーター陣営を育成することでケーブル・モデム分野でコムキャストとの競争環境を生み出し、適正な競争市場を創りだそうとの意図が見え隠れする。チャーターによるTWC買収の承認条件として、ブロードバンドの育成などを求める可能性は高い。
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