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» 2020年03月04日 10時00分 公開

「偶然」が生み出した最先端技術:原点の“ベンチャースピリット”で金融市場進出へ 東芝が開発した「最先端」の計算技術、開発の苦労とその勝算

[PR/ITmedia]
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 日本を代表するメーカーの東芝が、新たな技術を引っ提げ、既存のステークホルダーとタッグを組み、金融業界を変えようとしている。東芝“らしからぬ”業界への進出を支える技術が、「シミュレーテッド分岐マシン」だ。シミュレーテッド分岐マシンは、「組合せ最適化問題」を高速に解くことができる技術。組合せ最適化問題に関する技術には、カナダのD‐Wave Systemsが提供する「量子アニーラ」、NTTの「コヒーレントイジングマシン」などがある。特にコヒーレントイジングマシンは大規模な組合せ最適化問題を非常に高速に解けると話題だったが、シミュレーテッド分岐マシンはそれに負けないほどの計算速度を誇るという。

 組合せ最適化問題とは、数多くの選択肢の中から、「最も良い」組合せを見つけ出す問題のことを指す。セールスマンが複数箇所を巡回する際、どの経路をたどれば最も効率的に移動できるかを求める「巡回セールスマン問題」が有名だ。組合せ最適化問題は、生活のあらゆる場面へ応用できる。例えば、交通渋滞は1台1台の自動車の経路を最適化することで解消できるだろう。また、数ある取引の中から、どういった方法を選べば利益を最大化できるか、といったことを導き出すことができる。そのため、金融業界との親和性も高い技術だ。現にシミュレーテッド分岐マシンは、刻々と変化する為替市場において膨大な通貨の組合せパターンの中から、利益率が最大となる裁定取引の機会を90%以上の高確率で発見し、売買注文の発行までをマイクロ秒級の時間で完了することに成功しているという。

組合せ最適化問題とは?(出所:東芝デジタルソリューションズ公式Webサイト)

 その一方、それぞれの自動車が道路をどのように走るべきかという「選択肢」は無数といっていいほど存在する。組合せは数千、数万といった規模ではなく、数百万や数千万、あるいはそれ以上だろう。その中から「最適解」を見つけ出すには、膨大な計算量が必要になる。そのため、従来のコンピュータでは処理能力の点から計算が難しいとされてきた。

 そこで、従来のコンピュータを上回る性能を持つ非ノイマン型コンピュータや量子コンピュータといった技術の開発が活発に行われている。中でも量子コンピュータはスーパーコンピュータ(スパコン)をはるかに上回る処理能力を持つと期待されている。しかし、本格的な実用化には遠く、まだ「研究段階」だといってもいいだろう。

 シミュレーテッド分岐マシンは、その量子コンピュータの研究過程から「偶然」に発見されたものだという。また、当初は最先端すぎるがゆえに、研究に参画してくれる人もなかなか集まらなかったとか。東芝といえば家電やフラッシュメモリのイメージも強いが、量子コンピュータに匹敵するような新技術はどのように見いだされ、インキュベートされていったのか。東芝の後藤隼人主任研究員、辰村光介主任研究員、金子雄主任研究員に話を聞いた。

右から辰村光介主任研究員、後藤隼人主任研究員、金子雄主任研究員

人工知能、量子コンピュータとどこが違う?

 計算を高速にこなす、と聞くとまず思い浮かぶのが人工知能だ。シミュレーテッド分岐マシンと人工知能はどのように違うのだろうか。辰村氏は、「人工知能は『経験』に基づき物事を推論する。一方、シミュレーテッド分岐マシンは、数学的に決められた評価値がもっともよい選択肢を選び出す。これは点数が一番高いものを選ぶという明確な処理で、『どうしてその解が導かれたのか』が分かりやすい。対照的に、人工知能は、『どうして』の部分がブラックボックスになることもある。一方、シミュレーテッド分岐マシンはその瞬間、瞬間で、最も合理的な判断をするが、人工知能に期待されているような連想(ひらめき)や創造性という要素はない」(辰村氏)

 では、量子コンピュータとの違いはどこにあるのだろうか。後藤氏は「シミュレーテッド分岐マシンは今ある量子コンピュータにも負けないような処理能力を持っている」と話す。さらに、実用性の面で量子コンピュータを上回っている。量子コンピュータのほとんどは「ハード」を用意するため、いったん導入すると改修が困難なうえ、大規模化も難しい。一方、シミュレーテッド分岐マシンの本質はハードではなくアルゴリズムにあるので、CPUやGPU、FPGA(Field Programmable Gate Array)上で使うことができ、大規模化も容易にできる。さらに、量子コンピュータと比較して使用電力量も小さい。

シミュレーテッド分岐マシンの特長を話す後藤氏

最初は“日陰者”だった

 そんなシミュレーテッド分岐マシンはどのように見いだされたのか。当初は量子コンピュータの“比較対象”として生み出されたものにすぎなかった。

 後藤氏は、もともと量子コンピュータを目指した研究を行っていた。その一環として2016年に「量子分岐マシン」という理論を論文で発表。一方で、量子分岐マシンの能力を測るために、一般のコンピュータでも処理ができる「古典分岐マシン」という理論も作り上げていた。量子コンピュータはその名の通り、「量子効果」という、古典力学にはない量子力学特有の効果を利用する。その量子効果が計算性能に効いているかどうかを調べるため、従来の古典力学を応用した分岐マシンを“比較対象”として作ったのだ。この古典分岐マシンが、シミュレーテッド分岐マシンの原型となっている。

 「古典分岐マシンもそれなりに新しい発見ではあった。一般のPCサーバで作動するので実用性もある。とはいえ当時の目標は量子コンピュータだったので、古典分岐マシンよりも量子の研究ばかりしていた」と後藤氏は振り返る。そんな中、ある種“日陰者”でもあった古典分岐マシンに注目するきっかけが訪れる。

 それが、NTTと大阪大学、国立情報学研究所などが共同で研究開発した「コヒーレントイジングマシン」だ。後藤氏と辰村氏はそれまで接点がなかったが、偶然にもコヒーレントイジングマシンの発表があった研究会に同席していたという。

さまざまな偶然と後藤氏、辰村氏、金子氏の尽力があり日の目を見たシミュレーテッド分岐マシン(提供:東芝)

 後藤氏はそこで発表を聞き、実際にどれくらい計算速度が速いのかを確かめようとした。しかし、当時研究していた量子分岐マシンはまだ実装段階になかった。そこで、簡単にシミュレーションができる古典分岐マシンで同じ問題を計算してみたところ、「PCサーバだったので実測値は遅いが、それなりによい解が出た」(後藤氏)。さらにこれを、より高速に処理できるFPGAで行ったらどうなるのか。早速次の日にFPGAを専門とする辰村氏に相談したところ、コヒーレントイジングマシンよりも10倍ほど速く処理できそうなことが分かったという。

最新鋭すぎるがゆえに苦労したメンバー募集

 後藤氏と辰村氏は、「基本的に全く別の分野の専門家」(辰村氏)。また、それまで全く接点がなかった。それでもシミュレーテッド分岐マシンの研究に携わることを辰村氏が選んだのは、これまた偶然によるものだった。

 「シミュレーテッド分岐マシンを生み出したのは後藤さんで、自分はシミュレーテッド分岐マシンの面白さに初めて気付いた人間」と話すように、シミュレーテッド分岐マシンのすごさに気付いたことが、研究に携わったきっかけだ。辰村氏は学生のときに分子動力学シミュレーションを研究していたことがあり、後藤氏の理論を見たときに、FPGAを使えばさらに処理速度が上がることが分かったのだという。さらに、現在のような量子ブームが到来する前から、専門外ではあるが量子コンピュータに関する知識を少しずつ取り入れる機会を得ていたのも功を奏した。「アルゴリズムを一から作り上げた理論研究者と一緒に仕事をする経験はなかなかできるものではない。新しい理論があって、さらにそれを生み出した人と議論を重ねながら新しいマシンを作れることは計算機科学者にとって幸運なこと」とも辰村氏は話す。

後藤氏の生み出した理論は、辰村氏の助力でどんどんとパワーアップしていった

 2人で始まったシミュレーテッド分岐マシンの研究開発だが、チームビルディングに尽力したのが金子氏だ。後藤氏と一緒になり、研究開発センターのIT系部門や研究開発センター外の部門へも駆けずり回ったが、当初はなかなかメンバーが集まらなかったという。「最適化の研究は長い歴史がある分野。また、メンバー集めの当時は具体的に何ができるのかを定量的に示せていなかった。そのため、なかなか理解が得られなかったのではないか」と金子氏は振り返る。後藤氏も「量子コンピュータの研究は最新鋭のものだし、まして古典分岐マシンとなるとさらに特殊な分野。なんとなく『怪しい研究をやっている』と思われている節もあった」と話す。

メンバー集めの苦労話を話す金子氏

 それでも、アルゴリズムの実装が簡単にできることから、興味を持ち、自ら実装/実験をしてみた研究者を中心に徐々に協力者が増えていった。各分野を横断した専門家が集まるチームが生まれた背景には、後藤氏と辰村氏によってパワーアップしていったシミュレーテッド分岐マシンの“威力”だけでなく、各部門へ根気よく説明を続けた金子氏の助力もあった。

金融業界へチャレンジする意義

 応用性の高いシミュレーテッド分岐マシンだが、注力領域として東芝が挙げているのが「金融」だ。最適化問題は他にもさまざまな問題に応用できるが、いったいなぜ金融をチョイスしたのか。

 辰村氏は当初、金融業界とロボティクスのいずれかの領域へ進出することを想定していたという。ロボティクスと最適化問題の組合せはちょっと意外にも感じるが、「ロボットはオン/オフスイッチなど離散的なコントロールパラメータの集合体。望ましい姿勢や軌道などを導くためには、最適なパラメータの組合せを高速に見つける必要があり、こうした用途に応用できる」と辰村氏は話す。しかしながら、金融業界を優先しているのはシミュレーテッド分岐マシンの「高速性」をより早期に生かすためだ。「量子コンピュータやイジングマシンの研究をしている他のところでも、金融というのはターゲットの1番手、2番手に挙がる業界。さまざまな経済活動が高度に抽象化された世界が金融の世界。瞬間的に最も合理的な判断を下せるというシミュレーテッド分岐マシンの特長をはじめに生かせると考えた」(辰村氏)

金融業界参入の狙いを話す辰村氏

 また、金融業界ではデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に広がっており、テクノロジーに対してハングリーな業界でもある。金融業界へチャレンジすると決めてからは大学教授や金融庁などさまざまな場所へ行き、ヒアリングを行ったという。特に金融庁は、外資系の金融機関と日系の金融機関における高度IT人材の規模感の違いに危機感を抱いているのだとか。そこにテック企業である東芝が乗り込む意義は大いにあると見ている。

10年前の東芝ではできなかった

 「10年前の東芝ではできなかった研究だ」――これはシミュレーテッド分岐マシンを研究所の展示会に出したときに、同社の社員から掛けられた言葉だという。実際、後藤氏も辰村氏も、以前とは違う事業のスピード感や上層部のオープンな姿勢にやりがいを強く感じているという。

 「今、当社は東芝Nextプランを実行中。その中で、『ベンチャースピリット』を持って新規成長事業を創ることの重要性が、全社的な共通認識となっている」と金子氏は話す。

 今後については、シミュレーテッド分岐マシンの可能性を広げられるよう、さまざまな業界を知るパートナーを増やしていきたい考えだ。辰村氏は「まずは金融業界の人を中心に、シミュレーテッド分岐マシンの存在を知ってほしい。答えは1つではないので『具体的にこうしたい』というユースアイデアをどんどん出してもらい、可能性を広げていきたい」と話す。後藤氏は、「最適化問題に使うイジングマシンは一種のブームが来ているが、まだまだ成功事例は少ない。成功事例を生み出していくために、もっと技術をブラッシュアップしていきたい」と話した。

今後は各分野と共同で成功事例を増やしていく考え

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2020年3月11日