「クラウドは10年前と別物」――ガバメントクラウドトップが語るクラウドの“誤解”と目指すべき姿デジタル庁とガバメントクラウドが考えているコト

国際的に見て遅れがちな日本社会のデジタル化。その再始動で大きな期待を集めているのが、「ガバメントクラウド」だ。本記事では、AWSが主催したオンラインイベントから、デジタル庁でHead of Government Cloudを務める梅谷晃宏氏の講演を通し、今後日本社会のデジタル化に向けたガバメントクラウドの整備の基本方針や整備のアプローチを解説していく。

» 2022年08月01日 10時00分 公開
[岡崎勝己PR/ITmedia]
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 2001年の「IT基本戦略」の策定を契機に、約20年にわたり国家戦略として進められてきた日本社会のデジタル化。だが、現状は当初の理想とは程遠い状況にあるのが実態だ。確かに広帯域ネットワークなどの基盤整備は進んだが、“肝”であるアプリケーションやデータ活用において、日本は先進諸国に大きく後れを取る。「デジタルで遅れたニッポン」の姿は、新型コロナのパンデミック下における給付金支給の混乱などの形を取り、あらわになった。

 デジタル化の“再始動”で期待を集めるのが、21年に発足したデジタル庁だ。国や地方自治体でのデジタル施策のボトルネックとなっている個別最適化したシステムの問題解消の任を負い、現在、行政や医療、教育などのパブリックセクターで活動を本格化させている。

 その基盤となるのが、政府共通のクラウドサービスの利用環境「ガバメントクラウド」だ。デジタル庁はそこへの既存システムの集約や再構築を通じ、中央省庁のみならず地方公共団体を巻き込んだ国民本位のサービス創出を目指している。

 こうした中、AWS(Amazon Web Services)は22年5月25日と26日の両日にわたり、AWSの学習に焦点を絞ったオンラインイベント「AWS Summit Online」を開催。今回は同イベントのスペシャルセッション「日本が目指すデジタル社会の姿と、それを実現するために必要な考え方と取り組みについて」にフォーカス。デジタル庁でHead of Government Cloudを務める梅谷晃宏氏の講演から、デジタル庁、またガバメントクラウドが今後の日本社会のデジタル化に向けて取り組みを行う基本原則や考え方を解説していく。

「クラウドは10年前とは別物」――現在はシステム全体の包括的なエコシステムに

 「パブリックセクターを広範に巻き込んだガバメントクラウドの活用推進に向け、まずは“クラウド”という言葉に対する関係者全員の共通認識の獲得が絶対条件になります」

 講演の冒頭、梅谷氏はこう強調した。クラウド活用の論点は現状、各組織が置かれた状況ごとに、「セキュリティ」や「開発手法」、あるいは「その上で稼働する業務システム」などいくつも存在する。必然的にクラウドを巡る議論の参加者ごとに異なる考えを持ちやすくなってしまう。また、クラウドサービスそのものについても基礎的なITの知識や経験によって認識の齟齬(そご)があるという。そのまま議論、あるいは現場での利用を進めては齟齬(そご)が積み上がりかねず、クラウドの真価が発揮されないとの危機意識が根底にある。

 この点を踏まえ、梅谷氏が理解を訴えたのが、「クラウドは10年前とは別物」と前置きした上での「クラウドの劇的な進化とその理解」だ。

デジタル庁 Head of Government Cloudを務める梅谷晃宏氏(セッション動画よりキャプチャ)

 10年代初頭、クラウドのメリットは従来型のオンプレミスとの対比で語られた。いわく、「ITインフラをサービスとして時間課金で利用する仕組みにより、イニシャルコストや調達期間を格段に抑えられ、ハードウェアを持たないため物理運用管理の手間も不要になりトータルコストが安くなる」というものだ。

 それから10年ほどが経過した今、クラウドはグローバルなクラウドサービスプロバイダー(CSP)間のサービス競争とユーザー企業からのフィードバックによる好循環を背景に、「オンプレミスの代替」の範ちゅうをとうに超えるまで進化を遂げているという。事実、アプリケーション開発やリスクコントロール、監査情報の取得など、ビジネスプロセスを進化させるノウハウやプロセス自体さえもがサービスとしてクラウドサービスそのものに取り込まれ、例えば、CI/CD(Continuous Integration/Continuous Delivery:継続的インティグレーション/継続的デリバリー)などの開発・運用を効率化する手法を安価に取り入れやすくなっている現状がある。

梅谷氏投影資料より

 10年代のクラウドと現在のクラウドでの大きな違いの一つが、10年代のクラウドはシステムの「ハード」に起因する、コストや管理などのごく一部の課題のみをカバーしていたのに対し、20年代のクラウドは、コスト効率や開発手法、セキュリティやガバナンス実装、業務プロセスなど、「システム」で考慮すべき広範な対象の改善や、ビジネスの目的そのものに直接的に寄与している点だ。

 「かつてのクラウドは、いわば便利なハードウェアの代替にとどまっていました。しかし、その後の急速な進化を経て、今やクラウドは業務やサービス改善のノウハウが集約された、システム開発全体を効率的に変化させる包括的なエコシステムと呼べる存在となっているのです」(梅谷氏)

“全体最適”と“自動化”を目指すクラウドの進化

 梅谷氏によると、政府関係者の間でも、こうしたクラウド認識の温度差が少なからず見受けられるという。「ガバメントクラウドの利用推進に向け、まずはこの溝を埋めるところから始めています。これを抜きには、開発/実装/運用やアーキテクチャ、ガバナンス、リスク、コスト認識など、広範囲にわたって認識が全く異なるものになってしまいます」(梅谷氏)

 新旧クラウドの利用法の違いは、「ガバナンス・統制実装度合い」と「クラウドネイティブ度合い」を2軸とするクラウド活用の成熟度モデルからも見て取れるという。

同前

 出発点となるのは、使いたい人のみ勝手に利用し、管理や統制が一切存在しない「カオス・タクティカル」だ。この状況の中、各種リスクや非効率性によるルールの必要性が認識されることで、使い方は標準化による全体最適を目指す「手動型ストラテジック」にシフトする。ただし、マニュアルなどで規定された各種作業の実施は、この段階ではまだ人手=手動型に依存している。「ここまでが、10年代で見られたクラウド活用の状況です。大きな問題は、人手による作業でのミスのリスクを絶対に避けられないことです」(梅谷氏)

 リスク排除に向け部分的な、あるいは個別最適による標準化、自動化が進んだ状況が「モダンクラウド型ストラテジック」だ。部門やチーム単位などの限定された範囲でクラウド利用のノウハウ蓄積と共有が進み、標準化を通じてコスト効率と開発効率も向上する。ただし、コンプライアンスやリスクコントロールなどへの対応は個別実施にとどまる。そこでの全体最適と自動化をさらに推し進めることで到達するのが「モダンクラウド型トランスフォーメイショナル」である。

 20年代のクラウド利用は、このモダンクラウド型ストラテジックからモダンクラウド型トランスフォーメイショナルに移る過程にあるという。

 「最終的に到達するのが、あらゆる統制の自動化です。全社共通のガバナンスの要求項目や、組織全体として実装したい標準プロセス、コンプライアンスやセキュリティ、開発手法などが人手を介さずに実装され、自動的に構成され、定められた標準から外れることが逆に不可能になることで人手によるリスクが一掃されます」(梅谷氏)

 そうした環境を活用していくことで「あらゆる面でクラウドサービス活用のメリットが大きくなります。また、ビジネスそのものに直結する業務、アプリケーション、データにリソースを集中することが可能となります」と梅谷氏。ガバメントクラウドが目指すのも当然、そこである。

アーキテクチャや開発手法にガバナンスを実装 政府クラウドをモダナイズ

 統制の自動化の仕組みは、ガバメントクラウドをレイヤー面から確認することで理解できる。アーキテクチャやガバナンスなど、従来はペーパーベースのポリシーなどにより人手で確認、管理していた統制項目が、ガバメントクラウドでは可能な限り標準的に包含されることを目指す。

 「アーキテクチャ、コード、開発手法自体にガバナンスを実装するのがモダンなクラウドの特徴です。ガバメントクラウドも同じ考え方です」(梅谷氏)

 その中でデジタル庁は、CSPのサービスを利用したガバメントクラウドのシステム体系の構成と管理、システム運用ルールの策定と設計標準化、また各システムの設計レビューとアドバイス、システム/管理者の払い出しなどを担う。同時に、クラウド利用の目的ごとにコストや弾力性、パフォーマンス、俊敏性などを測定するKPIを設定し、運用過程での継続的な監視を通じてパフォーマンスの極大化にも取り組むという。

 従来の政府クラウドは10年代の、しかも自前でハードウェアを所有するオンプレミス型のプライベートクラウドを志向しており、陳腐化や大規模改修、データ移行、さらにエンジニアの確保やベンダーロックインといった課題を避けて通ることはできなかった。

 ガバメントクラウドでは20年代式のクラウド運用を志向して、それらも一掃される。具体的には、複数事業者による「マルチクラウド構成」、重要な設定を横断適用するための「テンプレートによるガバナンスと標準化」、クラウドベンダーとの直接契約による「標準サービス、マネージドサービスの積極的な活用」、安全な専用WAN構築に向けた「SDNを利用したネットワークの合理化」などが柱となる。なお、デジタル庁はマルチクラウド構成に関して公募により21年10月時点で2つのCSPを選定しており、AWSもその一つである。

同前

 ちなみに、こうしたアプローチは“机上の空論”にとどまらず、システム開発において既に成果を上げている。その一つが、デジタル庁が提供している「ワクチン接種記録システム(VRS)」。その整備に要した期間はインフラストラクチャのベースやセキュリティ実装、アプリケーション構築や全体のセキュリティ設計など全てを含めてわずか2カ月ほどに抑えられている。

料金支払いモデルの見直しにもすでに着手 ガイドラインの継続的な改定も

 もっとも、ガバメントクラウドの整備には課題も残されている。例えば「料金支払いモデル」もその一つだ。これまでの政府調達では、将来的な必要リソースの見込みを基に、料金を事前に支払うモデルを採用してきたが、「これはクラウドの従量課金モデルに合致しません。税金を無駄にしないためにも、時代に合わせた何らかの工夫が必要になります」と梅谷氏。

 もちろん支払いモデルの刷新だけでなく、「テクノロジーの進化によるメリットを最大限に享受し、技術ポートフォリオの陳腐化を避けるため」(梅谷氏)、デジタル庁では各種課題の対応に引き続き取り組んでいくという。あわせて政府や自治体が参照するクラウド関連の方針やガイドライン、調達そのものも継続的な改善と改定を進めることを説明し、梅谷氏は話を締めくくった。

スペシャルセッションでは梅谷氏以外にもデジタル庁関係者が登壇

 梅谷氏の講演は、常に進化を続けるクラウドと、それを巡る誤解、そして今日クラウド活用で目指すべきビジョンなど、民間企業の現場においても非常に参考にすべき内容が充実していた。特に全体最適と自動化を実現するモダンクラウド型トランスフォーメイショナルというモデルは、梅谷氏の話にあった通り、デジタルの“うまみ”を感じるために外せない考え方だといえるだろう。

 なお同スペシャルセッションでは、梅谷氏以外にも、デジタル庁 デジタルエデュケーション統括で慶應義塾大学総合政策部の教授を務める中村牧子氏や、デジタル庁 デジタルヘルス統括で慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授 医学博士の矢作尚久氏など、教育や医療分野におけるデジタル庁の要職が参加し、日本社会のデジタル化に向けた課題や取り組みについて講演している。今回の記事で興味を持たれた方は、AWSの特設サイトでオンデマンド配信を行っているので、ぜひ視聴してみてほしい。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2022年8月7日

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