日本企業の多くがデジタル変革(DX)の“壁”に直面している。原因の一つとして指摘されるのが、システム整備における「導入のベンダー依存」による企業ニーズとSaaSとの機能ギャップだ。結果、多くの企業がSaaSを活用し切れず、DXをうまく推進できていない。この状況を打開する策として近年話題になっているビジネスモデルがあるという。企業が抱える課題を解決する秘策とは――IT分野の取材経験が豊富なフリーライターの岡崎勝己氏が解説する。
データやAIを活用して業務プロセスの改善を目指す企業はすでに珍しくなくなった。それは必然でもある。激しい競争を勝ち抜くには、「絶えず変化する外部環境に適応し続ける」ことが絶対条件と言えるからだ。社会のデジタル化が急進する中で、DXは企業が優先すべき取り組みだ。
企業の武器となるのが、IPAの「DX白書」でも有効性が指摘されている各種クラウドサービスだ。中でも効果的なのが、事前に用意されたソフトウェアをインターネット経由でサービスとして利用する「SaaS(Software as a Service)」だ。自社でシステムを整備するよりも格段に早く、安価に使い始められ、煩雑な運用管理業務も無用というメリットは、改めて多くを語るまでもないだろう。リモートワークを支援するベンダーによるSaaSの拡充もその追い風となっている。
だが、現状はといえばSaaS利用に着手しつつも成果を挙げられず活用を断念するケースが多い。その根本的な原因として指摘されるのが、過去に実施したITシステムの構築時から続く「導入のベンダー依存」という日本特有の問題だ。
事実、日本企業は自社によるシステム整備の意識が極めて希薄だ。IT人材の約7割が一般企業に在籍する米国に対して日本では約3割で、残りはベンダー側に集まっているといわれている。この割合からも容易に想像できると思うが、日本企業におけるシステム導入は、自社の要望を細部にまで反映させたシステムを、IT人材が多数在籍するSIerやITベンダーに用意してもらうのが一般的な方法だった。
だがSaaSとなると状況は一変する。ソフトの一律提供が基本のSaaSでは、ベンダーによる導入企業ごとの事前最適化は一切ない。そのため、程度の差はあれ多くの企業でニーズと機能のギャップが生じてしまう。
無論、SaaSベンダーもこの問題を把握し、すでに対応策を用意している。その一例がローコード/ノーコード開発ツールの提供だ。マウス操作を主体とする作業で、専門知識が乏しい人材によるSaaSのカスタマイズを可能としている。同ツールを活用することで、理屈の上ではユーザー側からギャップを埋めていける。
とはいえ日本企業におけるローコード/ノーコード開発ツールの活用は望みが薄い。DXを推進する主体は、業務に精通する事業部門だ。当然、事業部門の担当者はデジタルに関する知識が豊富とは言えず、ツール自体の操作は容易であっても、ソフトウェアの原理やプログラミングの進め方といった最低限の基礎知識の習得が欠かせない。
「ならばIT人材を育てよう」と、政府が音頭を取る形でデジタル対応に向けたリカレント教育やリスキリングの実施が叫ばれている。だが、SaaSユーザーには中堅・中小企業も数多く含まれ、コスト負担などを考慮すれば、現実問題として実施できる企業は極めて限られる。一般企業に在籍するIT人材の乏しさから彼らによる現場への支援は期待しにくく、人材育成は一朝一夕にいかないことも悩ましい。
余力のある企業であれば、カスタマイズを外部に委託する手もある。だがそこにも大きな課題が存在する。従来の開発手法では、デジタル技術のトレンドや環境変化の速さに到底対応し切れないことだ。
速さを追求する開発手法として「アジャイル開発」がある。まずは試作版を作り、改良を加えて機能や品質を継続的に高めるアプローチだ。それに対してベンダーが従来実施してきたのが「ウオーターフォール開発」だ。これは、事前に完成形を隅々まで固めて機能を作り込んでいく。
どちらの開発手法にも良しあしがあるが、SaaSの活用については後者は極めて分が悪い。そもそも技術革新が速く環境変化も激しい中にあって、将来的なソフトウェアの利用イメージを具体的に想像できる企業は少ないはずだ。ベンダー側も、具体的なイメージを把握できなければシステムの機能不備による訴訟リスクや作業量の不透明さから見積書の提出を渋ってしまう。
このジレンマによって、SaaSのカスタマイズは着手するのも一苦労だ。
その後、新たなソフト活用のアイデアが浮かんでも、手戻りに要するコストや時間などの問題から実装は困難と言える。企業のSaaS活用、ひいてはDX推進の壁としてこれらの課題が立ちはだかっているというのが日本企業のSaaS利用の実態なのだ。
DX推進に向け、この状況を何としても克服する必要がある。その策として、ベンダー側によるSaaS提供の試行錯誤から生まれた新たなビジネスモデルが先進企業の間で注目を集めている。それが「CXaaS(Customer eXperience as a Service):シーザース」だ。
CXaaSは、ソフトウェアのみならず専門エンジニアによる伴走型の開発作業も含めたサービスを、SaaSと同様の定額料金で提供するもの。その大きな特徴であり魅力が、専門技術者の支援による臨機応変かつ継続的なカスタマイズだ。場合によっては機能を一から作り込む上に、継続的な機能拡張を通じてシステム活用の価値を確実に高めていける。
技術者によるカスタマイズを含みながらもなぜ定額料金で提供できるのか。疑念を抱く方も多いだろう。理由は幾つかある。まず挙げられるのが、ベンダー側が、解約率の低下を通じてカスタマイズに必要なコスト負担以上の収益を見込めることだ。
前述した通り、近年市場には多くのSaaS製品が存在している。一度導入しても、ユーザー企業が「自社に適さない」と判断した場合は乗り換えも容易だ。一方、カスタマイズ可能なサービスであれば、時々の状況に応じて変更が可能で解約率の減少にもつながる。ベンダー側も、当初はカスタマイズコストなどが上回ったとしてもサービスを利用し続けてもらうことで将来的に黒字化を目指せる。CXaaSが提供する伴走型のカスタマイズサービスは、解約防止を優先に考案された差別化策と位置付けられる。
ベンダー側の技術や経験の蓄積による継続的なコスト削減効果も見込める。企業からのカスタマイズ要望は、対象業務に応じた幾つかのパターンに収束するのが一般的だ。当初は作業に手間取ったとしても、やりとりを積み重ねてひな型を整備することで作業コストは格段に削減される。
従来、クラウドのカスタマイズはベンダー側の手間も多かった。顧客にヒアリングを行い、要件を明確化した上で工数や作業難度などを勘案して見積書を作成し、各種交渉を進めるようなフローだ。だが、開発作業のコストを基本料金に含めることで、案件ごとの開発費用に関する各種判断や複雑な折衝が無用となり、プロセスが格段にスリムになる。これも、短期間かつ低コストでのカスタマイズに追い風となる。
このような伴走側のサービスモデルが本当に実現可能なのか。「夢物語」と捉えられがちだが、すでにSaaS事業側の成功事例も生まれている。
ある地方自治体で新型コロナワクチン接種専用のコールセンターを立ち上げるため、コールセンター向けSaaSを手掛けるコムデザインが自治体に伴走することでシステムを5日で立ち上げたという。要件が固まるまで動けない従来型の開発とのスピード感の違いは明白だろう。伴走型のメリットを生かし、運用開始後も定額料金内でシステムを改修できる点がCXaaSの強みと言える。
CXaaSモデルは、あらゆるSaaSに適用できることもポイントだ。コールセンター用チャットbotやAIを手掛けるベンダーなどでCXaaS化の動きが広がっている。CXaaSにより、SaaS事業者はサービスに“柔軟さ”や“迅速さ”などの価値を新たに付加できる。企業は外部技術者の力を借りつつ、デジタル活用、ひいてはDXをより推進していけるようにもなる。そこで生まれた新たな価値は社会を発展させる力となるはずだ。
SaaS利用が拡大する中で登場した新たな提供モデル。その採用と応用が今後、どう発展するかに要注目だ。
岡崎 勝己(おかざき かつみ)
1972年、広島生まれ。通信業界向け情報誌の編集記者、IT情報誌などの編集者を経てフリーに。ユーザーサイドから見た情報システムの意義を念頭に、IT分野や経済分野で活動中。フォーカスするテーマはデジタルと業務改革/イノベーション、人材論など。著書に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。デジタル活用での“人間系”と“組織系”の課題を追う。
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