この試算にはさまざまが意見もありますが、社員に新しいスキルを身につける投資をし、職種を変更できるようにした方が社外から採用するより圧倒的にコスパがいいという点では、研究者の意見は一致しています。
例えば、米国では2019年7月にAmazon.comが7億ドルを投じて、10万人のリスキリングに乗り出すと発表し、2021年5月には、77人の従業員が「アマゾン・テクニカル・アカデミー」を卒業。倉庫作業員などが9カ月間の専門プログラムを受講し、ソフト開発に必要なスキルを身につけました(参考:日本経済新聞2021年8月21日付朝刊)。
先駆的かつ野心的にリスキリングに取り組んでいる米通信大手のAT&Tでは、2013年に13億ドルを投じて10万人のリスキリングを行う「ワークフォース2020」をスタート。今後の事業計画を具体的に社員に示し「企業が求める人材」を「今いる社員」に投資することでまかない、社内異動によって人員配置を最適化し、社内を活性化させています。
それぞれの企業が、自分たちの企業戦略に基づいたリスキリング施策を行えば、当然、社員の会社へのコミットメントも高まります。さらに、非正規と正規社員、若者とベテラン、デジタル世代とアナログ世代など、社内に存在する“壁”や格差をとっぱらう効果も期待できます。
それは同時に、社会のリソースになります。技術革新を進めていない企業に人は集まらないので、企業はおいてけぼりをくらわないように変革を余儀なくされます。企業の社員への投資は、社会への投資でもあり、企業の本来の使命である「社会のリソース」としての役割を全うできるのです。
真のリスキリングとは、「第4次産業革命」に伴う技術の変化への「人」の適応を促すものです。
言い方を変えれば、それは「一緒に頑張ろうぜ。金は出すから頑張って学んでくれ!」という会社から社員へのメッセージです。
なのに日本では、「日本人は学習意欲が低い」だの、「シニア社員のリスキリング受講率が低い」だの、「個人」の問題にされている。
生産性が向上しない理由を「雇用の流動化」がなされていないからだという意見がありますが、生産性が上がらず、イノベーションが起きない大きな原因は、経営サイドにあるのではないでしょうか。
会社員の学習意欲が低いのは、企業の戦略がないからです。いや、少し言い過ぎました。企業戦略の「外」に、転職を前提とした「追い出し要員」として、リスキリングを位置づけていることが、「わが社の社員」の学習意欲を低下させているのではないでしょうか。
リスキリング問題を解決したければ、本来のリスキリングをやればいいだけです。
まずは、経営戦略を現場に落としこみ、働く人に求められる人材要件を具体化する。それを会社の全ての社員に「これでもか!」というほどとことん伝え、スキル獲得の必要性を理解してもらうことから始めればいいのです。
経営戦略ですから、当然「学ぶ時間」は労働時間です。また「社員が培ってきたスキル」に、新しいスキルが加わることで期待される能力の獲得・向上には時間がかかりますから、そのシナリオの共有も不可欠です。
むろん経営層も、「第4次産業革命」で生き残るための経営スキルを学ばないといけません。
また、働く人個人が企業の期待に沿わない場合は、リスキリングの方針転換などの見直しが必要です。その際は社員の意見を尊重し「一緒にがんばろう」という空気を社内に熟成する必要もあります。
管理職はマネジャーとして、部下の社員を嘆く前に、会社側に足りない点を考えることを忘れないでほしいです。
そして、経営者はもっと学んでください。新しい言葉を使って「何かやっいてる気分」になっていないか? 自問してほしいと心から願います。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
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