JR九州が株式上場まで赤字路線を維持した理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/4 ページ)
10月25日、JR九州は東証1部上場を果たした。同日前後、報道各社がJR北海道の路線廃止検討を報じている。このように対照的で皮肉な現実について、多くのメディアがさまざまな観点から論考するだろう。しかし過去を掘り返しても仕方ない。悔恨よりも未来だ。
鉄道事業こそ信頼の源泉
JR九州の上場を成功させた主な要因は鉄道事業ではない。多くのメディアが報じ、投資専門家なども指摘するように、株価への期待値は鉄道ではなく不動産業や商業である。上場後は資金調達も容易になり、政府株も手放されてJR会社法の制限もなくなる。「東京のど真ん中にホテルを建てたい」と思ったら、収益性のある事業計画を立てれば、市場から資金を調達できる。JR九州は不動産事業を軸とした複合企業になった。
JR九州は、マンションを主とした不動産業、コンビニやドラッグストアに着目した小売業、東京をステップとして上海へ進出を果たした飲食業があり、それぞれ成功した。その一方で鉄道事業はかすんでしまいそうだ。しかし、JR九州がここまで成長できた理由は、そんな鉄道事業をないがしろにしなかったからだ。上場以前のJR九州にとって、鉄道事業こそが信用の源泉だった。
鉄道事業は巨大な装置産業だ。設備投資や保守にお金も手間もかかる。公共事業だから1日1分たりとも自社都合では運行を止められない。「全社で社員旅行だから運休します」というわがままは通用しない。
ただし、列車を動かすためにどれほどの手間と段取りが必要なのだろうか。乗務員を養成し、信号システムを整え、運行計画を作り、列車の動きに合わせて駅の業務などもすべて連動していく。特急列車が颯爽(さっそう)と走る姿はカッコいい。その裏では目立たない業務、地道な努力が続いている。それを毎日、繰り返している。
JR九州の取引先は、そうした鉄道事業の継続性に信頼を感じているはずだ。画期的なアイデアで資金調達に成功したベンチャーも価値があるだろう。しかし、地道でコツコツと仕事をしている企業にも、信頼と安定という価値がある。そして、大きな案件ほど信頼と安定が重視される。「商いは飽きない」という名言がある。商いを続ける会社は信頼される。鉄道は公共事業だから、商いが誰からも見える。
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