日産とスバル 法令順守は日本の敵:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
完成検査問題で日本の自動車産業が揺れている。問題となっているのは、生産の最終過程において、国土交通省の指定する完成検査が無資格者によって行われていたことである。これは法令順守の問題だ。ただ、そもそもルールの中身についてはどこまで議論がされているのだろうか。
2つの悲劇
今、日本には2つの悲劇が起きようとしている。まずは1度決まったら、時代に合わせてアップデートする気がまったくない規制。そして「コンプライアンスとは単純に法令順守のことである」という誤解である。
これについては弁護士の郷原信郎氏が2007年に表した名著『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)で10年も前に喝破していた話である。郷原氏は、「コンプライアンスとは単に法を守ることではない。それは法を守ってさえいれば良いという誤解を世間にまん延させ、この国の根幹を深く着実に蝕んでいる」とまで言う。
こうした表面的な法令順守の圧力が強まれば、経営者はひたすら法令順守に躍起になり、現場の従業員は新たな試みを敬遠する圧力になる。どちらも事なかれ主義の思考停止に向かうのだ。ダイナミックに変化し続ける世界経済の中で日本企業が戦っていく中で、老朽化した規制は足を引っ張ることにしかならない。
こうした問題に際しての日本の特殊性として、特に問題なのは、客観的な安全性よりも消費者や監督官庁との信頼関係の喪失問題に主眼が置かれてしまう点だ。今回の無資格者による完成検査は、より厳しいメーカー規定による検査をクリアしている以上、安全性に問題が起きているとは到底思えない。単純に、法令順守をしなかった点について「ルールを破った信頼できないメーカー」という烙印が押されていることになる。
もちろんメーカーはそうしたステークホルダーから信頼されることは重要なことだ。そこに際して外野であるメディアが、完成検査の内容も知らずに「コンプライアンス違反」と騒ぎ立て、その結果、日本企業が信頼を失っていくとしたら、日本のものづくり神話を崩壊させているのは果たして誰なのだろうか?
なお、書き添えておけば、許認可権を握る監督官庁(国交省)が怖くて、バカバカしいと思いつつ、こんな旧弊な規制の緩和を進めるべく努力しなかったメーカーの側にも責任はないとは言えない。力関係を考えると少し酷な言い方だとは思うけれど。
では、本来的なコンプライアンスとはどうあるべきかについて、郷原氏はこう言う。「本来のコンプライアンスとは、組織に向けられた社会的要請に応えて、しなやかに鋭敏に反応し、目的を実現していくこと」。そのために必要なのが「社会的要請に対する鋭敏さ」と、「目的実現に向けての協働関係」であると言う。
つまり、日本企業が世界で勝ち抜いていくためには、役所もまた「社会的要請に対する鋭敏さ」と、「目的実現に向けての協働関係」を強く自覚し、新時代の要請に向けて企業の真のパートナーとして規制をアップデートしていかなくてはならない。サンバイザーの取り付けに権力を振り回している場合ではないのだ。
願わくばこれを読まれた読者が問題の本質を理解し、真のコンプライアンス時代が一歩ずつ進んでいくことに力を貸していただけることを。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
関連記事
- グーグル&Uberつぶしのトヨタ・タクシー
現在開催中の「第45回 東京モーターショー」。その見どころについて業界関係者から何度も聞かれたが、その説明が面倒だった。自動運転車や固体電池のクルマとかなら「ああそうですか」で終わるのだが、今回はタクシーなのだ。 - アイサイト 分かりにくい誠実と分かりやすい不誠実
スバルがレヴォーグに「アイサイト・ツーリングアシスト」を搭載。都内で行われた試乗会でこのツーリングアシストをテストした筆者はとても混乱した。それは……。 - 内燃機関の全廃は欧州の責任逃れだ!
「ガソリンエンジンもディーゼルエンジンも無くなって電気自動車の時代が来る」という見方が盛んにされている。その受け取り方は素直すぎる。これは欧州の自動車メーカーが都合の悪いことから目を反らそうとしている、ある種のプロパガンダだ。 - ハンドルの自動化について考え直そう
クルマの自動運転はまだ実現できないが、運転支援システムを組み込むことによって、人のエラーを減らそうとしているのが現状である。そこで今回はハンドルの自動化について指摘したい。 - パリ協定の真実
世界中で内燃機関の中止や縮小の声が上がっている。独仏英や中国、米国などの政府だけにとどまらず、自動車メーカーからも声が上がっている。背景にあるのが「パリ協定」だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.