ボルボXC60 社運を懸けた新世代アーキテクチャの完成:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
先代XC60はここ数年、販売台数で見てもボルボの30%を占めるベストセラーだ。そのフルモデルチェンジは、ボルボにとってまさに正念場である。
ボルボのコアコンピタンス
特筆すべきはシートの出来で、これは90シリーズに採用されているものと同一だ。恐らく現在市販されているクルマのシートで最上級の1つと言えるだろう。
まずクルマのシートとして最も重要な運転姿勢の保持能力が高く、保持の仕方も洗練されている。座って快適なのに姿勢が正しい。疲れない。基本性能の高さが非凡である。恐らくコスト的にも60シリーズへの投入はハードルが高かったはずである。それを実現したことは高く評価したい。
XC90の時にも書いたが、このシートには基本性能を妨げないまま、革新的な安全装備が2つ追加されている。1つは脊髄保護機能である。近年、衝突安全対策がより重視されるようになり、自動車事故での身体損傷のうち、頭部と胸部に関するリスクが大きく引き下げられた。
代わって統計で目立ってきたのが脊髄の損傷で、居眠りや衝突によって道路を逸脱したクルマが土手などで跳ね上げられ、離陸して飛んだ後に着地するとき、垂直方向の強い加速度が発生して脊髄を圧迫損傷する。脊髄損傷は半身不随など深刻な後遺症の元になる。これを軽減しようというわけである。具体的にはシートフレームの一部にクラッシャブル構造を持つプレートを挟み、もしもの時にはこのプレートがつぶれることで衝撃を吸収する。
もう1つは追突安全の機能だ。追突事故の際、クルマは玉突きの的球のように急激に前方へ加速させられる。搭乗者の体は慣性で静止し続けようとするが、シートバックはその体を一気に前に押し出そうとするのだ。この際にシートバックは必ず後傾しているので、体を持ち上げるスロープの役目を果たし、搭乗者の体を持ち上げ、搭乗者は天井に頭を打ち、これによって頭部や頚部に損傷を生じる可能性が高まる。
XC60のシートでは、追突された時にシートバックの下方、つまり腰側のみが後退し、まずスロープの後傾角を減らす。こうして初期の体の浮き上がりモーションを防いだ後に、衝撃吸収のためにリクライニング方向に倒れるのである。
基本性能と革新的改良が同時になされたシートという意味で、これは極めて高く評価できる。
ユーザーがボルボに期待するのは安全である。その意味でボルボはそこにおいて他社の追随を許さない技術がなくてはならない。それをよく理解して、現実の製品に落とし込んでいると言える。
フォード傘下を離れて以降、ボルボが7年の歳月をかけて決死で押し進めてきた新世代コンポーネンツは一通りの完成を見た。XC90の登場時点では少し不安だったSPAシャシーもXC60ではっきりと完成形を提示して、不安を払拭した。存続を懸けた技術開発を成功させたという意味で、ボルボは今危険な橋を渡りきったと言えるだろう。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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