クルマのコモディティ化と衝突安全:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
ここのところ繰り返し書いているテーマの1つが、「クルマはコモディティ化していく」という安易な理解への反論だ。今回は衝突安全の面からこの話をしたい。
安全技術の現在と未来
電気自動車になったらモーターとバッテリーを買ってきて組み立てるだけだから参入障壁が下がると言う人が何も知らないのは明らかだ。ミニ四駆を作るのではない。電気自動車だからという例外はない。動力が何であれ、人の命がかかっている。
近年では乗員の安全性について、一定の効果を獲得した結果、交通事故における死亡者の中でクルマにはねられる歩行者の死亡事故に注目が集まっている。万が一、対歩行者事故を起こしても、被害を軽減するクルマの開発が求められている。
歩行者事故を軽減するためには、やはりシナリオがある。まずはクルマの下に体が入り込まない形状にすることだ。1.5トンもあるクルマの下敷きになればまず助からない。だからバンパー下部の形状を工夫して人体を上にはね上げる。その際凸部となるバンパーによって膝関節を逆に折り曲げないようにバンパー下端を前に出し、足首と膝が同時に押される形状にする。膝関節を破壊すると深刻な後遺症になるケースが多い。だから膝部に力が集中しないようにするのである。
歩行者保護のためにエンジンとボンネットの距離をとろうとするとボンネットが高くなる。それはスタイルにとってマイナスなだけではなく、前方視界を確保する上でもマイナスだ。そこでボンネットを火薬で跳ね上げたりエアバッグを仕込むなど、さまざまな取り組みが行われている
そうしてはね上げた人体はボンネットにぶつかる。これをボンネットの構造で受け止めて衝撃を吸収しなくてはならない。ボンネットは人体がぶつかったときに変形し、特に頭部の損傷を防ぐ。そのためにはエンジンルーム内の臓物とボンネットの間にクリアランスがなくてはならない。スタイルのためにどうしても低いノーズを採用したいクルマの場合、センサーを使ってボンネットを火薬で押し上げ、変形代を稼ぎだす。あるいはこれをエアバッグで行うメーカーもある。
クルマという製品は命と密接に関わっている。だから現在多くのメーカーが近未来に自社製品での死亡者事故ゼロを目指して多くのエネルギーを費やしている。クルマのボディはノウハウの塊であり、そしてそれはまだまだ進化し続けていくのである。コモディティ化などという無責任な戯言にだまされてはいけない。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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