野村不動産の過労死事件から考える、「裁量労働制」の“光と闇”:“ブラック企業アナリスト”が斬る労働問題(3/3 ページ)
野村不動産の過労死事件や、厚生労働省の“不適切なデータ”問題が起きて以降、「定額働かせ放題の制度だ」と批判を浴びている「裁量労働制」。ただ、“ブラック企業アナリスト”の新田龍氏は、裁量労働制自体は悪質なものではなく、正しく運用すれば労働者にメリットのある制度だと解説する。
裁量労働制そのものは悪くない
もちろん、彼らのように裁量労働制の恩恵に預かっている人ばかりではなく、裁量労働制はデメリットがある――という指摘が的外れではないことも承知している。ただ筆者は、裁量労働制そのものではなく、「メリットを享受できない個人」と「制度を悪用する企業」に問題があると考えている。
前者はなぜ問題なのか。裁量労働制では「量」よりも「質」が問われるため、1カ月分の仕事をこなすのに「300時間かかった人」も「100時間で終わった人」も給料は同じなのだ。
そのため、300時間かかった人は「残業代が出ない」と不満を覚え、早く終わった人は「帰ってリフレッシュ」などのメリットを享受するという構図になる。この問題を解消するためには、仕事が遅いビジネスパーソンは自身の業務の無駄を省き、効率的に仕事をこなせるように常に学びと改善を続けていくしかないだろう。
問題が根深いのは後者のほうである。一般的にコンプライアンスがきっちりしていると思われている大手企業でも、裁量労働制について勘違いしていたり、違法と知りながら運用したりしているケースは多い。野村不動産がその代表例だ。同社のように仕組みを悪用し、過労死が出るまで従業員を酷使する“ブラック企業”には、しかるべき罰が与えられるべきだ。
だが実際は、労基法には「過労死を出しても罰金50万円」などと大企業にとっては“かすり傷”程度の罰則しか設けられていない。こうした抑止力の欠如も、裁量労働制を悪用する企業が出てくる原因なのだ。
裁量労働制の適用企業も労働時間を管理すべき
罰則がきちんと整備され、法律を無視する企業がなくならない限り、裁量労働制の悪用に苦しむ労働者がなくなることはないだろう。政府は新法案の作成ばかりに意識を向けるのではなく、労基法に厳罰規定を設けて「サービス残業は当たり前」といった状況を変えることにも着手すべきだ。
過労死を減らすためには、裁量労働制の適用企業も“自社は関係ない”と考えるのではなく、従業員の実労働時間をきっちりと把握すべきだ。その上で、残業時間が長引く社員には仕事の与え方を見直し、「個人がこなすべきタスク量と難易度」と「仕事に対する個人の裁量」のバランスをとることを強く勧めたい。特定の個人だけに仕事が偏ることのないよう、上司は部署のメンバーが取り組むタスクを可視化し、細かく調整していく必要もあるだろう。
裁量労働制の適用企業では、経営者は法律を悪用するのではなく、うまく駆使して社員のモチベーションと生産性を上げる工夫をしなければならないし、個人は効率的な働き方をして成果を上げるしかない。そうした管理・努力ができない組織や個人は、今後のビジネス界では通用しなくなるだろう。
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