42歳で会社員から「北欧雑貨店オーナー」に転身 踏み切れたワケとは:「自宅兼店舗」を建設(3/3 ページ)
42歳の時に20年間務めた会社を辞め、北欧雑貨店オーナーに転身した塚本佳子さん。平日はフリーライターとしても活動中だ。どのような経緯で独立と言う道を選んだのか。話を聞いた。
お給料は会社員時代の半分。それでも今の働き方が好き
退職後には将来やお金に対する不安が増すかと心配していたが、実際はその逆だった。不安以上にストレスから解放された喜びの方が大きかったのだ。
「正直なところ、お給料は会社員時代の半分。住宅ローンも抱えているので、経済面ではやはり今の方が大変です。でも、強がりとかではなく、ストレスやしがらみがなくなった今の方が充実した生活を送れています。もっと早くに会社を辞めておけばよかったとさえ思います」と打ち明ける。
その一方で、会社や会社のブランドに守られていた自分がいたことも実感したという。現在は経理から営業まで、全てを自分1人で対応しなければならない。分からないことがあってもすぐに相談できる同僚はもういない。ライターとしての収入も雑貨店の収入も不安定だ。会社という組織に属してた時にはなかった緊張感や心もとない気持ちを常に感じているという。
だからといって無理に仕事を入れることはしない。会社員時代の反省を踏まえ、心身を大切にしつつマイペースに「仕事は楽しい」と思える範囲で働いていくつもりだ。
「雑貨店を始めようと思った当初は、会社を辞めるつもりも家を建てるつもりも全くなかったわけですから、人生って何が起こるか本当に分からない。人との巡り合わせによっても人生大きく変わりますし。私は少し無計画に突き進みすぎたかもしれませんが、今となっては無鉄砲なやり方もそれはそれで間違いでもない気がしています。予想外な事が起こるのが人生ですから、踏みとどまっていてもどうしようもないんですよね」
予想外だったことは塚本さんのこれまで歩んできた人生だけではない。この家への反響だ。建築家と二人三脚で建てた家は思いのほか好評で、この家を見学するためにFikaを訪れる人も少なくないという。
塚本さんは現在、Fikaが「街に開く家」になることを目指し、Fikaをワークショップの場として提供することなどを模索しているという。Fikaの独特の雰囲気を生かし、ハウススタジオとして貸し出すことも検討中だ。
「Fikaがみんなの交流の場になったら素敵だなと思います。私自身、今日までたくさんの人に出会い、触発され、背中を押されてここまでやってこられました。これからも一つ一つの出会いを大切にして、私なりの働き方を追求していきたいです」
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