ワンマン社長の奴隷、3500万円の借金地獄――“31歳無職の男”は「伝説の居酒屋カリスマ」にどう成り上がったのか【前編】:熱きシニアたちの「転機」(4/4 ページ)
3500万円の借金地獄から、アッという間に大金持ちになった男の波乱万丈な成功物語の前編――。
借金漬け、離婚、自動車事故……
今振り返れば、次々とローンを組ませたのも、自分を借金漬けにして会社を辞められなくするためだったのではないかと、山本さんは考えている。いずれにせよ、当時の山本さんは、最初の妻と離婚したり、注意散漫で自動車事故をたびたび起こしたりし、精神的にかなり参っていた。
そんなある日、納入先の大手家電メーカーの本社に呼び出され、こっぴどく怒られた。はんだ付けした部分に小さな気泡が見つかったといった、山本さんにしてみれば取るに足らないことだった。しかし、「損害賠償金を1億円払え」などと半ば脅しのようなことまで言われ、気が滅入(めい)った。
気分を晴らすため、帰りに焼き鳥店に寄り焼き鳥を注文したら、裏側が真っ黒に焦げていた。「こんなの食えねえよ」と文句を言ったら、「ごめんね、でもこれくらい食べられるよ」と軽く返された。はんだ付けの部分に小さな気泡があるだけで罵声を浴びせられたばかりの山本さんは、「飲食ってこんなにファジーなのか」と驚いた。同時に、「飲食も、精密機械の製造のようにもっとシステマチックなやり方でやれば面白いんじゃないか」とひらめいた。生まれ持った起業家精神が突如、日々の抑圧を突き破って、頭をもたげたのだ。会計を済ませた時、焼き鳥店をやると心に誓った。
後日、出張先の大阪で、社長と酒を飲みながら激しい口論になった。社長がいきなり、山本さんの片腕として働いていた社員を首にしろと命じたからだ。心斎橋の真ん中で殴り合いになり、黒山の人だかりができた。山本さんはついに会社を辞める決心をした。31歳。3500万円の借金を抱えていた。
「あのころは、地獄のような10年だった」と山本さんは当時を振り返る。しかし、同時に、「あの時の仕事の経験がなかったら、今の自分はなかった」と言い切る。(後編に続く)
著者プロフィール
猪瀬聖(いのせ ひじり)
慶應義塾大学卒。米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。日経では、食の安全、暮らし、働き方、ライフスタイル、米国の社会問題を中心に幅広く取材。現在は、主に食の安全やライフスタイル、米国の社会問題などを取材し、雑誌などに連載。また、日本人の働き方の再構築をテーマに若手経営者への取材を続け、日経新聞電子版などに連載している。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。
関連記事
- 「Amazonとは違う世界を」 古書店に眠る本を“検索”で蘇らせた元リコー社員
定年後を見据えて「攻めの50代」をどう生きるのか。新天地を求めてキャリアチェンジした「熱きシニアたち」の転機(ターニングポイント)に迫る。3回目は古書の検索サイト運営会社を起業した元リコー社員の河野真さん(62)。 - “リーマンショック解雇”を機にフレンチの道へ 元外資金融マンが描く「第3の人生」
定年後を見据えて「攻めの50代」をどう生きるのか。新天地を求めてキャリアチェンジした「熱きシニアたち」の転機(ターニングポイント)に迫る。2回目はリーマンショックで「クビ」を告げられ、一念発起してビストロを開業した元外資金融マンの両角太郎さん(54)。 - 56歳で早期退職 元大手ITエンジニアが「介護タクシー」続けるワケ
定年後を見据えて「攻めの50代」をどう生きるのか。新天地を求めてキャリアチェンジした「熱きシニアたち」の転機(ターニングポイント)に迫る。第1回目は「介護タクシー」会社を起業した元大手ITエンジニアの荒木正人さん(70)。 - 障がい者が働く大繁盛の「チョコ工房」設立した元銀行マンの決意
定年後を見据えて「攻めの50代」をどう生きるのか。新天地を求めてキャリアチェンジした「熱きシニアたち」の転機(ターニングポイント)に迫る。4回目は障がい者を雇用するチョコ工房「ショコラボ」を起業した元銀行員の伊藤紀幸さん(53)。2018年11月1日に7周年目を迎えるショコラボの伊藤さんに話を聞いた。 - 35歳でフリーライターになった元公務員が踏んだ「修羅場」
公務員の安定を捨てて独立する――。希望の道に進むのは素晴らしいことではあるものの、そのプロセスは決してバラ色ではない。独立を切り出したとき、妻や母、職場の上司など、「周囲」はどう反応したか。35歳で公務員を辞めてフリーライターになった小林義崇さんに、当時の苦悩を振り返ってもらった。 - 「最近の若い奴は」と言う管理職は仕事をしていない――『ジャンプ』伝説の編集長が考える組織論
『ドラゴンボール』の作者・鳥山明を発掘したのは『週刊少年ジャンプ』の元編集長である鳥嶋和彦さんだ。漫画界で“伝説の編集者”と呼ばれる鳥嶋さん。今回は白泉社の社長としていかなる人材育成をしてきたのかを聞き、鳥嶋さんの組織論に迫った。 - 『ジャンプ』伝説の編集長は『ドラゴンボール』をいかにして生み出したのか
『ドラゴンボール』の作者・鳥山明を発掘したのは『週刊少年ジャンプ』の元編集長である鳥嶋和彦さんだ。『ドラゴンクエスト』の堀井雄二さんをライターからゲームの世界に送り出すなど、漫画界で“伝説の編集者”と呼ばれる鳥嶋さん。今回は『ドラゴンボール』がいかにして生まれたのかをお届けする。 - ドラゴンボールの生みの親 『ジャンプ』伝説の編集長が語る「嫌いな仕事で結果を出す方法」
『ドラゴンボール』の作者・鳥山明を発掘したのは『週刊少年ジャンプ』の元編集長・鳥嶋和彦さんだ。『ドラゴンクエスト』の堀井雄二さんをライターからゲームの世界に送り出すなど、「伝説」を残してきた鳥嶋さんだが、入社当時は漫画を一切読んだことがなく『ジャンプ』も大嫌いだった。自分のやりたくない仕事で、いかにして結果を出してきたのか。 - お金なし、知名度なし、人気生物なし 三重苦の弱小水族館に大行列ができるワケ
休日には入場待ちの行列ができ、入館者数の前年比増を毎月達成している水族館が、人口8万人ほどの愛知県蒲郡市にある。その秘密に迫った。 - リニアの「徐行」は新幹線の最高速度だった
わずか40分で東京の品川駅と名古屋駅を結ぶリニア中央新幹線。リニアに乗車し時速500キロを体感してきた。感想は…… - 「障害者雇用の水増し」で露呈する“法定雇用率制度の限界”
複数の中央省庁が、障害者の雇用率を長年水増ししてきた疑いが浮上している。障害者雇用の現場で、一体何が起きているのか。自身も脳性麻痺(まひ)の子を持ち、障害者雇用に詳しい慶應義塾大学の中島隆信教授に、国と地方自治体による水増しの背景と、日本の障害者雇用の問題点を聞いた。 - ガス会社勤務だった女性が「世界最大級のデジタルコンテンツ会社」を率いるまで
完璧な人間はいない――。だが、仕事も私生活も充実させ、鮮やかにキャリアを築く「女性リーダー」は確実に増えてきた。企業社会の第一線で活躍する女性たちの素顔に迫り、「女性活躍」のリアルを探る。 - 松屋フーズ、ヤマト、KDDI、第一生命 先進企業に探る「障がい者雇用」の本質
2018年4月から障がい者の法定雇用率が引き上げられた。ヤマト運輸や松屋フーズなど「先進的」と呼ばれる企業は、障がい者の能力をいかに引き出しているのか。障がい者雇用の本質を探る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.