エストニアが「電子国家」に生まれ変わった本当の理由:ボーダーレスを生む教育(3/3 ページ)
5月に行政手続きを電子申請化する「デジタルファースト法」が成立した。マイナンバー制度のロールモデルであるエストニアはなぜ電子政府の仕組みを進めたのか。「e-Residency」(電子居住権制度)公式パートナーであるEstLynxのポール・ハッラステCEOに話を聞いた。
日本はマイナンバーカード所持の必須化から
――これだけ最先端な電子国家として結果を残し、国内外で評価されているエストニアは素晴らしいですね。
ポール それが面白いことに、エストニアの一般人は電子国家であることを意識していません。ずっとエストニアに住んでいると意識しないのです。一方、エストニアにはエストニアの問題もあって、経済はそれほどうまくいっていません。一人当たりのGDPは日本の約6割で、収入も低い。特にIT関係の仕事以外は貧困者が多いです。
――そうなると、子どもの頃からITスキルを身につける機会を国が提供しても、優秀な人はより収入の高い国外に流出してしまいますね。それこそポールさんのように。
ポール その問題はあります。今、他の東ヨーロッパからエストニアに来る人が多くて、優秀なエストニア人は海外に行くという現象が起きています。特にエストニアに似ているフィンランドに出ていく人が多い。
エストニアは経済格差がまだまだありますが、IT業界はすごい勢いで発展していて、ユニコーン(評価額が10億米ドルを超える未上場のベンチャー企業)も4社あります。Skypeはエストニア発の企業で、かつてはユニコーンでした。
――日本は人口が1億2000万人いますが、ユニコーン企業は1社だけです。エストニアは人口が132万人。それで4社ですからすごいですね。IT以外のエストニアの主要産業にはどんなものがあるのでしょうか?
木材や石炭の輸出、電気製品などですが、そこにITが迫っています。国自体が小さく、資源も多いわけではないので、スケーラブルにやっていくために政府も電子国家のイメージ戦略に力を入れています。ちなみに、エストニア政府にはCTO(最高技術責任者)とCIO(最高情報責任者)もいますよ。
――まるで企業のようですね。日本はどうすればエストニアのように電子政府化をうまく進めていけるのでしょうか。
ポール エストニアの電子IDカードのように、最初から所持義務があった方がよかったですね。日本はこのカードの制度を参考にマイナンバー制度を作ったのですが、所持が義務付けられなくて普及していないのは残念です。
また、2002年の電子IDカードの発行当時は批判が多かったのですが、数年後に機能がたくさん付与されて利便性が上がり、国民に受け入れられるようになりました。日本でもすでに機能はいろいろあって、コンビニで住民票などを取得できたりしますよね。便利だけど、それが知られていないのも課題ですね。
――ポールさんは今日本で働いていますが、将来住みたい場所はありますか?
ポール 今の日本はすごくいいのですが、あと20年もすれば少子高齢化が進みます。その場合は、エストニアは近年電子国家の取り組みがうまくいっているので、エストニアに戻る可能性もあります。IT業界やスタートアップに興味があるのでベルリンもいいですね。
――ITに興味があるのなら、米中に後れを取っている日本はそれほど魅力的ではないのでは?
ポール 裏を返せば、ITに強い人材の需要が高いということです。例えば、日本はデータが大量に集まっている大企業が多いけれど、そのデータを扱える人が少ないので、スキルがあるデータアナリスト、データサイエンティストは需要が非常に高い。ITスキルがあって、英語と日本語を話せる人も比較的に少ないです。
――“生まれ故郷”に戻りたいと思うことはありませんか?
ポール 家族がいるので毎年帰省していますが、今のところはそれで十分ですね。エストニア人として、電子国家として進んでいる、情報の透明度が高い、海外に知られていることを誇る気持ちはあります。けれどその一方で、エストニアは電子国家という政策によってボーダーレスになっているという面もあるのです。だから私も母国のPRをしつつも、「エストニア人」ではなく、「地球人」でありたいと思っています。
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